味覚のデジタル化がもたらす新たな体験
ネット上で味が共有できる。それは多くの人が夢見るものの1つです。
こうした技術を実現するためには、味という情報をデジタル信号に変換する技術と、その信号を受け取って元の味を再現するためのデバイスが必要になります。
「e-Taste」は、こうした味をデジタル化して再現する一連の機能を備えたシステムだという。

まず、食べ物の味を専用のセンサーで感知し、その情報をデジタル信号に変換します。
次に、ユーザーが装着する小型のデバイスが、舌に微量の液体を供給することで、味の感覚を再現します。
この技術では、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五種類の基本味を、グルコース(甘味)、クエン酸(酸味)、塩化ナトリウム(塩味)、塩化マグネシウム(苦味)、グルタミン酸ナトリウム(うま味)を用いて再現します。
これらの化学物質を適切なバランスで組み合わせることで、単純な味だけでなく、より細かい味の強弱や微妙なニュアンスをデジタル化することが可能になるのだとか。
実験による検証:被験者の反応は?
研究では被験者を集めて実際に「e-Taste」を使った感覚がどうであるかをテストしています。
実験には20~45歳の被験者が参加し、単味認識テストと混合味認識テストの二種類の試験が実施されました。
まずはこのシステムが単純に味の強度を正しく再現できているか調べた単味認識テスト。
このテストでは、まず被験者に異なる濃度のクエン酸溶液を試飲してもらい、その酸味の強さを評価しました。
その後、e-Tasteが再現した同じ強度の酸味を体験してもらい、両者の感じ方の一致度を調査しました。
この結果、e-Tasteが再現する酸味は、実際のクエン酸溶液とほぼ一致しており、味覚のデジタル再現の精度が高いことが証明されました。
もう1つは複雑な食べ物の味を実際に再現した、混合味認識テストです。
このテストではレモネードやケーキ、目玉焼き、コーヒー、魚のスープなどの味をe-Tasteで再現し、どの食品に近いかを被験者に識別させる試験が行われました。

その結果、被験者が正しく味を認識できた確率は86.7%という高い精度を示しました。
一方で、被験者からは「香りや食感が欠けているため、よりリアルな食体験にはさらなる改良が必要」との意見を受けたという。
今後の展望と課題
こうした技術の発展により、食に関する新たな体験が生まれるかもしれません。
現在は音楽や映画は、ネット上で配信できサブスクで自由に楽しめる時代になりました。
音や光と同様に、味もデジタル情報として共有し、高い精度で再現できるようになれば、例えば、ネットショッピングで食品を購入する前に、その味を試す「デジタル試食」や、VRやARの世界で食事の味を体験する新たなエンターテインメントが実現するかもしれません。

また、健康や医療分野でも活用が期待されており、味覚障害のある患者のリハビリや、減塩食品の開発に役立つ可能性もあります。
さらに、宇宙で地球上の食事の味を再現することで、宇宙飛行士の食生活を向上させることもできるかもしれません。
ただ、もちろん現状の技術ではそれはまだまだ先の技術です。「e-Taste」にはいくつもの課題が残されています。
特に、被験者からも指摘された香りや食感といった要素の統合が重要であると研究チームは指摘しています。
人間の味覚は嗅覚や触覚とも密接に結びついています。たとえば、食べ物の風味は、舌で感じる味だけでなく、鼻腔を通じて感じる香りが大きく関係しています。
よくかき氷のシロップは全部同じ味と言われますが、実際はそれぞれ異なる香りがつけられているため、異なる味に感じるのです。そう考えると香りがいかに味に対して重要な情報なのかわかります。
さらに、食感も味覚体験に欠かせない要素です。ザクザクした食感やクリーミーな口当たりは、舌や口腔内の触覚が担っています。
こうした要素も再現できるようにならないと、食を仮想空間上で再現できたとは言えないでしょう。
研究チームは、芳香拡散装置や電気刺激、圧力フィードバック技術を活用して、仮想空間でも香りや噛みごたえや舌触りを感じられる技術を目指しているようですが、こうした感覚を完全に再現することはまだ難しいかもしれません。
デジタル味覚の未来
「e-Taste」は、仮想空間で味覚を再現するという新しい可能性を示しました。
視覚や聴覚だけでなく、味覚までもがデジタル空間で共有できる時代は、すぐそこまで来ているかもしれません。
この技術の発展により、食の楽しみ方が根本から変わる未来が訪れるかもしれません。
日本でも最近は味を再現する研究が進んでいます。「デジタル試食」という新たな体験が現実化する日も近いのではないでしょうか。