古代ローマでも入浴が健康法と結び付けられていた

しかしながら、彼らが入浴を単なる娯楽や社交の場と見なしていたわけではないという点については、まだ十分に語られていないように思われます。
なにせ、ローマ人は湯に浸かることを一種の健康法とすら考え、医学者たちがこぞってその効能を論じていたからです。
たとえば、ギリシアの医学をローマにもたらし、当時の名士たちに絶大な人気を誇った紀元前1世紀の名医アスクレピアデスは穏やかな運動、適度な食事と並んで入浴を推奨していました。
彼によれば、病気とは体内の原子の動きが乱れることによって生じるものであり、適切な温度の湯に浸かることが、その運動を正常に戻す鍵だといいます。
これはいわば、テルマエを巨大な治療院と見なす理論でした。
ローマの歴史にその名を刻む医者はアスクレピアデスだけではありません。
後1世紀、百科全書的な医学書『医学論』を著したケルススもまた、入浴の効能を高く評価していました。
彼によれば、入浴は単なる体の清潔を保つ行為ではなく、発汗を促し、毒素を排出し、消化を助け、筋肉の疲れを癒す万能の健康法であるといいます。
旅の疲れを癒すために、運動後のクールダウンとして、さらには狂犬病の治療にまで湯が活用されていたとは、恐るべき入浴信仰ではないでしょうか。
現代のサウナ愛好者も顔負けの入浴信仰です。

さらには、ローマ医学の巨星ガレノスもまた、入浴の医療的価値を説いていました。
彼は入浴を温水浴、冷水浴、湧水浴の三つに分類し、それぞれの効果を細かく分析しています。
温水浴は血行を促進し、筋肉を和らげ、老廃物を排出します。
冷水浴は皮膚を引き締め、身体を鍛え、心身を活性化させるとのこと。
そして湧水浴は、含有成分によって体調を整える特別な湯治の役割を果たすといいます。
これはまさに、現代の温泉療法の原型ではないでしょうか。
このように、古代ローマにおいて入浴は単なる快楽のための行為ではなく、健康維持と治療のための手段でもありました。
アスクレピアデスがその理論を唱え、ケルススが実用書としてまとめ、ガレノスが体系化したのです。
そして、ローマ人たちはこの医学的知見を踏まえながら、今日の我々と同じように風呂に浸かり、心と体を癒していました。
考えてみれば、日本の銭湯文化にも通じるものがあるではないでしょうか。
風呂に浸かることで日々の疲れを洗い流し、健康を保つという発想は、時代を超えて共通しています。
かくして、古代ローマ人と我々は、テルマエと銭湯を通じて、密かに時空を超えた親交を結んでいるのです。