“悪魔の階段”に挑む時間結晶――カオスへ滑り落ちる最前線
“悪魔の階段”に挑む時間結晶――カオスへ滑り落ちる最前線 / Credit:Canva
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“悪魔の階段”に挑む時間結晶――カオスへ滑り落ちる最前線

2025.04.07 17:00:42 Monday

時間が凍りついたかのように、長時間安定してリズムを刻む不思議な“時間結晶”。

ドイツのドルトムント工科大学(TU Dortmund)で行われた研究によって、この頑丈そうな時の結晶が、ある「階段」によってカオスと隣り合わせになる現象が見つかりました。

半導体スピンの中で生まれる繊細な振動――そこにごくわずかな外部刺激を与えると、“悪魔の階段”と呼ばれる階段状の同期パターンがはっきりと立ち現れ、端の部分で複数のモードが干渉し合い、カオスへと移行していく様子が捉えられました。

いったい、時間の結晶はどうやってこの“悪魔の階段”と共存し、新たな秩序を見いだすのでしょうか?

研究内容の詳細は『Nature Communications』にて発表されました。

Exploring nonlinear dynamics in periodically driven time crystal from synchronization to chaotic motion https://doi.org/10.1038/s41467-025-58400-6

時間も結晶と悪魔の階段

“悪魔の階段”に挑む時間結晶――カオスへ滑り落ちる最前線
“悪魔の階段”に挑む時間結晶――カオスへ滑り落ちる最前線 / 図5は、外から一定のリズム(刺激)を加えたときに、システムがどのように自分の振動リズムを変えるかを色で示したグラフです。 横軸には、システム本来の振動の速さと、外部から与えられる刺激の速さとの比率がプロットされています。 この比率が例えば「1/2」や「2/3」になると、システムは外部リズムにぴったり合わせて動き始め、その状態がグラフ上では水平な段差(プラトー)のように現れます。 まるで階段を一段ずつ上るように、こうした同期状態が連続して見えるため、この現象は「悪魔の階段」と呼ばれています。 さらに、この階段パターンは拡大してみても同じような形が繰り返され、無限に続くかのような自己相似の構造、すなわち「フラクタル構造」を持っています。/Credit:Alex Greilich et al . Nature Communications (2025)

時間という目に見えない軸にも、塩や金属の結晶のように規則正しいリズムが生まれる――そんな奇想天外な発想を提唱したのが、ノーベル賞受賞者でもあるフランク・ウィルチェックでした。

ふつう「結晶」といえば、空間内で原子がきれいに並ぶイメージを思い浮かべるかもしれません。

ところが、時間結晶では空間ではなく時間の流れそのものが循環するように繰り返されると考えます。

たとえばメリーゴーラウンドが、誰にも邪魔されずに回り始めたら、いつまでも同じリズムでくるくると回り続けるようなイメージです。

もしそんな状態が自発的に生まれて保たれるなら、“時間が結晶のように固まった”といってもいいのではないか――これが時間結晶のアイデアです。

最初は「そんなもの本当にできるの?」と疑う声も多かったのですが、その後「連続時間結晶(CTC)」や「離散時間結晶(DTC)」といった概念が提案され、冷却原子や半導体などいろいろな系で「実験的に実在するかもしれない」と分かってきました。

特に、インジウムを混ぜたヒ化ガリウム(InGaAs)と呼ばれる半導体では、電子スピンと核スピンが“お互いに回転を支え合う”ような循環的な相互作用を形成し、まるでずっと振り子が揺れ続けるかのように自己振動を保つとわかったのです。

しかし、この世界にはもう一つ、とびきり不思議な存在があります。

それが「悪魔の階段(デビルズ・ステアケース)」です。

これは、振動している物体に外から一定のリズムで刺激を与えるとき、その刺激のリズムと物体自体の振動リズムが「ちょうどいい分数比」や「整数比」でピタッと合ってしまう(同期してしまう)ポイントが、階段の段差のように次々と並ぶ現象を指します。

さらに、その階段のようなパターンは「フラクタル構造」と呼ばれ、どれだけ拡大しても、同じような段差がいくらでも続くのが特徴です。

その果てしなく続く階段を“悪魔”にたとえて、「悪魔の階段」と呼ばれています。

この悪魔の階段を調べると、秩序のあるきれいな振動がどのように乱れてカオス(無秩序な動き)に変わっていくか、その境目がどこなのかを知る手がかりになります。

また、どんな条件で振動がきちんと揃うのかを理解することもできます。

では、ずっと同じリズムを保ち続ける“連続時間結晶”と呼ばれる半導体スピンの仕組みに、ほんの少しでも周期的な変化を加えたら、いったいどんなことが起こるのでしょうか。

強固な結晶リズムがあっさり崩れてしまうのか、それとも一段下の段差に“はまり込む”ようにして別の周波数で同期を起こすのか、あるいは階段の端(へり)で跳ね回ってカオスに突入するのでしょうか?

そこで今回の研究では、そうした「頑丈そうに思われた時間結晶」が、少しの刺激を受けるだけでどのように変化し得るかを詳しく調べました。

次ページ悪魔の階段:秩序とカオスのはざまで

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