時間も結晶と悪魔の階段

時間という目に見えない軸にも、塩や金属の結晶のように規則正しいリズムが生まれる――そんな奇想天外な発想を提唱したのが、ノーベル賞受賞者でもあるフランク・ウィルチェックでした。
ふつう「結晶」といえば、空間内で原子がきれいに並ぶイメージを思い浮かべるかもしれません。
ところが、時間結晶では空間ではなく時間の流れそのものが循環するように繰り返されると考えます。
たとえばメリーゴーラウンドが、誰にも邪魔されずに回り始めたら、いつまでも同じリズムでくるくると回り続けるようなイメージです。
もしそんな状態が自発的に生まれて保たれるなら、“時間が結晶のように固まった”といってもいいのではないか――これが時間結晶のアイデアです。
最初は「そんなもの本当にできるの?」と疑う声も多かったのですが、その後「連続時間結晶(CTC)」や「離散時間結晶(DTC)」といった概念が提案され、冷却原子や半導体などいろいろな系で「実験的に実在するかもしれない」と分かってきました。
特に、インジウムを混ぜたヒ化ガリウム(InGaAs)と呼ばれる半導体では、電子スピンと核スピンが“お互いに回転を支え合う”ような循環的な相互作用を形成し、まるでずっと振り子が揺れ続けるかのように自己振動を保つとわかったのです。
しかし、この世界にはもう一つ、とびきり不思議な存在があります。
それが「悪魔の階段(デビルズ・ステアケース)」です。
これは、振動している物体に外から一定のリズムで刺激を与えるとき、その刺激のリズムと物体自体の振動リズムが「ちょうどいい分数比」や「整数比」でピタッと合ってしまう(同期してしまう)ポイントが、階段の段差のように次々と並ぶ現象を指します。
さらに、その階段のようなパターンは「フラクタル構造」と呼ばれ、どれだけ拡大しても、同じような段差がいくらでも続くのが特徴です。
その果てしなく続く階段を“悪魔”にたとえて、「悪魔の階段」と呼ばれています。
この悪魔の階段を調べると、秩序のあるきれいな振動がどのように乱れてカオス(無秩序な動き)に変わっていくか、その境目がどこなのかを知る手がかりになります。
また、どんな条件で振動がきちんと揃うのかを理解することもできます。
では、ずっと同じリズムを保ち続ける“連続時間結晶”と呼ばれる半導体スピンの仕組みに、ほんの少しでも周期的な変化を加えたら、いったいどんなことが起こるのでしょうか。
強固な結晶リズムがあっさり崩れてしまうのか、それとも一段下の段差に“はまり込む”ようにして別の周波数で同期を起こすのか、あるいは階段の端(へり)で跳ね回ってカオスに突入するのでしょうか?
そこで今回の研究では、そうした「頑丈そうに思われた時間結晶」が、少しの刺激を受けるだけでどのように変化し得るかを詳しく調べました。