記憶は経験前に準備される?未解明だった謎に挑む

これまでの研究から、睡眠が前日の記憶を定着(強化)させるために必要不可欠であることが知られていました。
例えば、昼間に学んだことは一晩眠ることでより思い出しやすくなる──これは脳が睡眠中にその記憶を再現して「おさらい」し、しっかり定着させているためだと考えられています。
実際、ある出来事の記憶は、それを担う特定の神経細胞の集団(エングラム細胞集団と呼ばれます)が経験後の睡眠中に再び活動(再現)することで脳内に固定されることがわかっています。
エングラム細胞とは、その出来事の最中に活性化し記憶の内容を符号化した神経細胞で、後でそれらが再び活動するとその記憶が想起される、いわば記憶の担い手です。
しかし、一つ疑問が残っていました。エングラム細胞は果たして出来事を経験したその瞬間に初めて選ばれてできるのでしょうか?
それとも実は、経験する前から将来の記憶の担い手となる細胞があらかじめ脳内に用意されているのでしょうか?
もし“予備”の記憶細胞が事前に存在するのだとしたら、それはどのように準備されるのでしょうか?
また、睡眠中の脳は過去の記憶を整理するだけでなく、未来の記憶を担う細胞を選抜・準備する役割も果たしているのか?
それも大きな謎でした。
この未知の問題に挑んだのが、富山大学の井ノ口馨(いのくち かおる)卓越教授(神経科学)とカレド・ガンドウル特命助教らを中心とする研究チームです。
彼らはマウスを使った巧みな実験によって、睡眠中に脳内で「過去の記憶の保存」と「未来の記憶の下準備」が並行して行われていることを世界で初めて実証しました。