着床は“見えない壁”だった

妊娠の最初のステップとして欠かせないのが、子宮内膜への「着床」です。
受精卵(胚)が、子宮の内側にある子宮内膜にぴたりとくっつき、そこからさらに奥へ潜り込んでいくという現象ですが、これはお母さんのお腹の奥で起きるため、直接じっくり観察するのがとても難しいです。
その結果、不妊症の大きな要因として着床の失敗(着床不全)があることは知られていても、実際にどのように起きているのかが把握しづらく、謎が多く残っていました。
そこで近年注目されているのが「子宮内膜オルガノイド」という技術です。
オルガノイドは人工培養された臓器や器官であり、現在までに脳オルガノイド、皮膚オルガノイド、各種消化器官のオルガノイドなどさまざまな人工培養臓器が作成されています。
子宮内膜オルガノイドを作るにはまず子宮内膜の細胞を取り出し、試験管の中で三次元的に培養して、まるで“小さな子宮内膜”のような構造を再現する必要がありますが……従来の方法には課題がありました。
たとえば、子宮内膜の表面に当たる部分がオルガノイドの内側を向いてしまい、“外から胚が着地する”という自然な形での着床を観察するのが難しかったのです。
単純なオルガノイドには産道がないため、受精卵との接触が難しかったのです。
また、子宮内膜には“上皮細胞”だけでなく、胚が侵入するときに大きく姿を変えてサポートする“間質細胞”も不可欠ですが、両方をうまく組み込むのは容易ではありませんでした。
実は過去の研究で、間質細胞が胚の浸潤にあわせて“脱落膜化”という変化を起こし、妊娠を成立させるうえで不可欠な働きをすることがわかっています。
つまり、本当に着床の瞬間を再現しようと思うと、上皮細胞と間質細胞を同時に取り入れ、本物に近い“立体的なミニ子宮”を試験管の中に構築する必要があるわけです。
そこで今回の研究者たちは、「上皮細胞と間質細胞を三次元的に自己組織化させ、胚が外から着地しやすい面を備えた新しい子宮内膜オルガノイドを作り出す」という大胆なアプローチに挑戦しました。
こうすれば試験管の中でも、できる限り本来に近い形で“着床”が起こる瞬間を観察できるのではないか、と考えたのです。