量子コンピューターで「クォークの糸」を引きる過程を可視化

今回の挑戦には、性格のまったく違う2台の量子コンピューターが投入されました。
ひとつは米クエラ社の中性原子シミュレーター「Aquila」。真空中に浮かべた数十個のルビジウム原子を光のピンセットでハチの巣(カゴメ格子)状に並べ、原子どうしの自然な相互作用をそのまま“強い力”の模型に仕立てるアナログ型です。
もうひとつはグーグル社の超伝導チップ「Sycamore」。指令どおりに量子ビットへゲート操作を刻み、数式どおりに時間を進めるデジタル型です。やり方は対照的ですが、どちらも目標は同じ――「2次元+時間」のミニ宇宙で、“見えないゴムひも”が伸びて切れる瞬間をとらえることでした。
1つ目の方法:光のピンセットで作った“原子の蜂の巣”
Aquila では、隣り合う原子が同時に励起できない “リュードベリブロッケード” を利用し、原子列そのものにゲージ対称性を持たせました。研究チームはまず格子上に“+電荷”と“-電荷”の役を演じる2個の原子を置き、両者を結ぶ力の糸(フラックスチューブ)が最も落ち着く基底状態を準備。そこからレーザー周波数を少しずつ変えて糸をぎゅーっと引き伸ばす実験を行いました。
すると張力が限界を超えた瞬間、糸はブチッと切れる代わりに 「真空からペア誕生」 を起こして2本の新しい糸に早変わりしまさに理論で予言されていた弦の破壊の実写版が確認できました。
この過程を研究者はサブマイクロ秒(数百ナノ秒〜数マイクロ秒)という目にも留まらぬ時間分解能で追跡し、「数十量子ビット規模でもリアルタイム動画が撮れる」と実証しました。
第一著者ダニエル・ゴンサレス=クアドラ博士は「2次元という“揺れ放題”の舞台で糸が切れる様子を直接見られたのは、とびきりの一歩です」と語り、共同最終著者アレクセイ・バイリンスキー氏も「オープンアクセスの原子ハードウェアが、理論だけだった問題を実験テーマへ格上げしました」と胸を張ります。
2つ目の方法:超伝導チップ上で“電場の糸”を描く
一方の Sycamore では、平面格子に並んだ超伝導量子ビットで Z2 ゲージ理論 をプログラムし、まず“静かな基底状態”を用意。そこから 電場の強さに相当する結合定数をゆっくり変えてシミュレーションを進めると、はじめはほとんど張力を感じない2個の電荷の間に、次第にゴムひものような糸が張り始め、ついにはピンと張った閉じ込め状態へと滑り込む様子が観測されました。ひもが弱いときにはふにゃふにゃ揺れ、強いときにはギター弦のように固くなる――二次元ならではの横揺れと剛直さのグラデーションまで捉えた点が新鮮です。
さらに設定を追い込むと糸のエネルギーが閾値を越え、真空が新しいペアを生んで糸を切り離すストリング破断も再現。共同リーダーのフランク・ポルマン教授は「場合によっては測定量がゼロになり、糸が消えたように見えるシナリオもあった」と語り、ペドラム・ルーシャン氏は「量子プロセッサーがゲージ理論を実験対象へ変える力を示せた」とコメントしています。
2つの手法が示したもの
Aquila の “自然にまかせるアナログ” と Sycamore の “手順を刻むデジタル”――正反対のアプローチが、同じ物理現象を別々のレンズでとらえ、組み写真のように合致したこと自体が大きな信頼性の証明です。どちらの実験も、従来のスーパーコンピューターが苦手とする 「リアルタイム・二次元・強結合」 という三拍子そろった難題を突破し、量子コンピューターが“ひも物語”の映写機になり得ると示しました。