ADHD治療薬が「脳のシワ」を増やす――ただし症状とは相関せず

長期間の薬物治療は脳にどのような影響を与えるのか?
その謎を解明するために研究者たちはまず、長期間にわたって薬物治療を受けているADHDの成人13人と、薬物治療をまったく受けたことのないADHDの成人13人を集めました。
この26人のADHD患者たちは、年齢が23歳から40歳までで、ほかに脳の病気や精神疾患を持っていない人たちです。
彼らにMRI検査を受けてもらい、脳の構造にどのような違いがあるかを詳しく分析しました。
また、同時にそれぞれの人にADHD症状の重症度を測定するテストや、衝動性を調べるための質問票にも答えてもらいました。
MRI画像の解析では、研究者たちは特に脳の次のような特徴に注目しました。
まずは脳の神経細胞が密集する灰白質の体積、そして脳表面の「シワ」(脳回)の複雑さを表す回旋指数(gyrification index)、脳表面の「谷」(脳溝)の深さ(sulcal depth)、皮質表面の複雑さを数学的に測定するフラクタル次元、さらに大脳皮質の厚み(cortical thickness)です。
これらの指標を比較すると、薬物治療を長期間受けてきた人の脳には、明らかな違いが見つかりました。
具体的には、薬物治療を受けたグループの患者では、脳表面のシワや谷が特定の領域で複雑化していたのです。
例えば、運動や動作の調整に関わる「左補足運動野」や、言語理解を助ける「左上側頭回」、運動感覚に関わる「右Rolandic operculum(ローランド蓋部)」、顔や物体認識に重要な「右紡錘状回」、視覚情報処理に関わる「左楔前部」などで、脳の折りたたみ構造がより複雑化していました。
また感情や意思決定に関わる前頭部の「眼窩前頭皮質」の一部では、脳の谷(溝)が深くなっていることも確認されました。
加えて、「左眼窩前頭皮質」の表面は数学的にもより複雑な構造になっていました。
これらは薬物治療が脳の表面構造を明らかに変化させていることを示しています。
ところが意外なことに、灰白質の全体的な体積には薬を飲んだ患者と飲まなかった患者の間で差がありませんでした。
また、ADHD症状の重さについても、薬物治療を受けているか否かで明確な違いは見られなかったのです。
つまり、脳表面に明らかな変化があったにもかかわらず、それがADHDの症状改善に直接つながっているわけではないという結果になりました。
さらに、研究者たちは「脳構造の複雑化」とは別にADHD患者が持つ衝動性という性格的な特性にも注目しました。
衝動性にも色々な種類がありますが、ここで特に研究者たちの関心を惹いたのが「冒険的衝動性(venturesomeness)」という性格傾向です。
これは単なる衝動的な行動とは少し違い、「リスクを理解しつつ、それでも面白そうなことに積極的に挑戦する」というタイプの性格を指します。
今回の調査では、薬を飲んだことがないADHD患者の方が、この「冒険的衝動性」のスコアが高く、リスクのある行動に積極的にチャレンジする傾向があることがわかりました。
さらに興味深いことに、薬物治療を受けている患者グループ内で、「冒険的衝動性」と脳構造との間に明確な関連が見つかりました。
具体的には、冒険的衝動性のスコアが高い患者ほど、「右中帯状回」(感情や意思決定に関わる領域)の灰白質体積が大きくなる一方、「右後頭葉上回」(視覚情報の処理に重要な領域)の灰白質体積は小さくなるという相反する関係があったのです。
これは、「冒険好きでリスクを取るタイプ」のADHD患者が特定の脳構造を持っている可能性を示しています。
この発見は、薬物治療によって複雑化していた脳表面構造の話とはまったく別のもので、ADHD患者の行動特性が脳内のどの部位と関係しているかを探る手がかりになるかもしれません。
こうして整理すると、今回の研究では、薬物治療によって脳表面構造が明らかに複雑化する一方で、灰白質の体積や症状そのものはあまり変化しないこと、そして「冒険的衝動性」という行動特性が脳の別の部位と関係している可能性を示すという、ふたつの興味深い発見が得られたことがわかります。
では、これらの意外で複雑な研究結果を踏まえて、私たちは今後、ADHDの治療やサポートについてどのように考えていくべきなのでしょうか?