性格を変化させる寄生虫トキソプラズマ

トキソプラズマ・ゴンディイ(Toxoplasma gondii)は、ネコを“本来の宿主”とする寄生虫です。しかし、実際にはネコだけでなく、人間を含む多くの哺乳類にも感染することがわかっています。
この寄生虫は通常、加熱不十分な肉や猫の糞に触れた手を通じて体内に入ります。しかも感染しても健康な人には症状がほとんど出ないため、感染に気づかずに一生を過ごす人が多いのです。
そのため、ネコが生活に深く入り込んでいる人間社会では、気づかぬうちにこの寄生虫が入り込んでおり、日本では成人の約10〜20%、ヨーロッパでは成人の約32%が感染敷いているという報告もあります。
とはいえ、何も症状がないなら別にいいではないか、と思えますが、実のところこのトキソプラズマ、ただの“おとなしい寄生虫”ではないようです。
驚くことに、脳に入り込み、長期間にわたって神経に寄生し続けることで、人間の行動や性格に影響を与えているかもしれないというのです。
特に注目されているのが、リスクを取りやすくなったり、衝動的になったり、時には攻撃性が高まるような変化です。
もともとこの不思議な行動変化は、動物で先に観察されていました。
たとえば、ネズミがトキソプラズマに感染すると、天敵である猫の尿のにおいを恐れなくなります。
普通のネズミなら猫の気配に敏感に反応し、逃げようとするはずですが、感染したネズミはむしろ好奇心を示し、近づいてしまうことがあります。
そのためこの現象は「致死的な魅力(fatal attraction)」と表現されることもあります。
トキソプラズマにとって、ネズミが猫に食べられれば、自分がまた猫の腸内に戻れて繁殖できる。つまり、宿主(ネズミ)の行動を巧みに操ることで、自分の生存と拡散を図っているわけです。
そして今回の研究では、人間にも似たような“微妙な行動の変化”が起きている可能性を掘り下げようとしました。
研究を行ったのは、ライプツィヒ大学(Leipzig University)のマルコ・ゴツォル(Marco Goczol)氏です。
彼は過去に行われたさまざまな研究報告をもとに、トキソプラズマ感染と人間の性格や行動の関連性について総合的に分析を行いました。
特に注目されたのは、「ドーパミン」と呼ばれる脳内物質との関係です。
ドーパミンは、人がやる気を出したり、報酬を感じたり、衝動的な行動を取るときに関わる神経伝達物質です。
トキソプラズマは、このドーパミンの産生を刺激する酵素を持っており、感染した細胞内でドーパミンを増やしてしまう可能性があるのです。
つまり、感染によって脳内のドーパミン量が変わることで、人の性格や反応の仕方に変化が起こるかもしれないというわけです。
ゴツォル氏らは、過去の複数の疫学調査や神経行動学のデータを再検討し、感染者に見られる傾向として、リスクを避けずにとる傾向、反応速度の低下、衝動的な判断、抑制の効かない衝動的行動や攻撃性の増加などが挙げられると指摘しています。
いくつかの研究では、トキソプラズマに感染している人ほど、リスクの高い運転行動や他人との衝突を起こしやすいことが報告されています。
そして気になるのが、トキソプラズマの年齢層における感染率の違いです。