なぜか「肥満」だと認知症が少ない
肥満は、高血圧や糖尿病、心臓病など多くの生活習慣病のリスクを高める要因として広く知られています。健康診断や医療現場でも、体格指数であるBMI(Body Mass Index:身長と体重から計算される値)が高いほど、将来的な病気のリスクが高まると繰り返し指摘されています。
たとえば、BMIが30を超える「肥満」の人は、正常体重の人と比べて糖尿病や心筋梗塞のリスクが2倍以上に高まるとする報告もあります。
しかし、認知症については少し違った傾向が報告されています。
「肥満の人ほど高齢になったときに認知症になりにくい」という傾向が、アメリカやヨーロッパ、アジアなど、様々な地域・人種を対象にした大規模研究から報告されているのです。
この奇妙な現象は「肥満のパラドックス(Obesity Paradox)」と呼ばれ、長いあいだ多くの研究者たちを悩ませてきました。
この現象の理由は明らかではなく、「なぜ他の生活習慣病と逆の結果が出るのか?」という疑問が長年にわたり議論されています。
しかし、この一見不可思議な現象については、調査上の見落としがありました。
これまでの多くの研究では、認知症を発症した後や診断時のBMIと、同じ年齢で認知症を発症していない人のBMIを比較して、両者の間にどんな違いがあるかという報告が行われていました。
しかし、認知症の発症が近づくと、発症の数年前から体重が減り始める場合が多いことがわかっています。そのため、認知症診断時のデータで比較すると、「認知症の患者には肥満の人が少ない」ことは当たり前であり、それが「肥満の人は認知症になりにくい」という誤認を生んでいる可能性があるのです。
つまり、実際には肥満であるかどうかが発症率に関連しているわけではなく、認知症発症の前兆として体重減少が起こっているだけかもしれないのです。
とはいえ、これまでのデータだけでは単に認知症に伴い痩せた人だけを見ていたのか、実際肥満の人には認知症発症率が低い傾向があるのかは、断定することが出来ません。
そこでミネソタ大学公衆衛生学部(University of Minnesota School of Public Health)を中心とする研究チームは、対象者の「BMI変化」に注目することにしました。
研究では5,129人を対象に、中年期(平均約60歳)から高齢期(75歳前後)まで、実に15年間にわたって追跡調査しました。
研究参加者の生活習慣や医療データをもとに、BMIの変化と認知症リスクとの関係を統計的に解析したのです。
この研究では、BMIがどのように変化したかを詳細に記録し、「高齢期のBMIが高い人」だけでなく、「中年期から高齢期にかけてBMIが減少した人」「BMIがほとんど変わらなかった人」など、さまざまなグループで比較を行いました。
さらに、認知症の診断には医師による詳細な面接や神経心理検査、医療記録など、多角的な方法が用いられ、信頼性の高いデータが集められています。
このように従来の研究の“穴”を埋め、「肥満のパラドックス」に本格的に迫った大規模調査を行ったのです。