『無から有が生まれる』不可能と言われたシュウィンガー効果を模倣
『無から有が生まれる』不可能と言われたシュウィンガー効果を模倣 / Credit:川勝康弘
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『無から有が生まれる』不可能と言われたシュウィンガー効果を模倣 (2/4)

2025.09.15 21:00:52 Monday

前ページ真空から『粒子がポンと現れる』という不思議な理論

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脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる

脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる
脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる / Credit:川勝康弘

研究チームがまず取り組んだのは、超流動ヘリウム⁴という特別な液体を使って理論モデルを作ることでした。

超流動というのは、非常に低温(絶対零度近く、約マイナス273℃)に冷却した液体が、まるで摩擦のない理想的な水路を流れるように抵抗なくスルスルと流れる、不思議な状態のことです。

この液体ヘリウムを薄く膜状に広げ、そこに一定の流れを与えることで、研究チームは真空中の粒子生成(シュウィンガー効果)の「再現モデル」を作り上げようとしました。

このヘリウムの薄い膜に外から一定の流れを与えると、驚くべきことが理論上起こります。

(※ヘリウムの超流動薄膜も最初は静止した状態にありますが、外部から刺激を与えると超流動状態のため抵抗がないので、その流れは持続的に続きます。)

普通なら渦ができるためには何らかの物理的な障害物や刺激が必要ですが、この膜の中ではそうしたものが一切なくても、渦が突然、しかも自発的に現れる可能性があるというのです。

まるで平らな水面から突然小さな渦巻きが湧き出るような現象が、理論的に予想されました。

さらに研究チームは、この渦が生まれる現象が「どのように起こるのか」という具体的な過程を深く調べました。

すると、渦の生まれ方には、実は2種類あることがわかりました。

1つ目は、膜の「端っこ(境界)」から単独の渦がポンと飛び出す「外因的過程」です。

2つ目がさらに興味深いもので、膜の真ん中の何もない空間に渦とその反対方向に回る反渦がペアになって突然生じるという、「内因的過程」です。

特にこの2つ目の内因的な渦ペア生成こそが、真空で起こるシュウィンガー効果の「アナログ(対応する現象)」であり、この実験の最も重要なポイントでした。

無限にスルスル動き続けるヘリウムの中に突如、何の脈絡もなく渦のペアが現れるというのは古典物理学では考えにくい現象なのです。

シュウィンガー効果では真空から電子と陽電子という粒子ペアが生まれますが、この実験モデルではそれが「渦と反渦のペア」へと置き換わった形になります。

研究チームは、この渦ペア生成の現象をより正確に調べるために、量子力学の特別な現象である「量子トンネル効果」に着目しました。

量子トンネル効果とは、本来なら絶対に越えられないはずの高いエネルギーの壁を、粒子がまるで壁をすり抜ける幽霊のように、確率的に通過してしまう現象です。

今回の場合、この「壁」は渦が自然に発生するためのエネルギー的な障害です。

通常なら渦が自然に現れることは非常に難しいのですが、極めて低温の条件では、この量子トンネル効果によって渦と反渦のペアが壁を超えて生まれてしまう可能性があるのです。

ここで研究チームは、理論モデルをさらに精密化するために、渦が持つ「有効質量」という概念に着目しました。

「有効質量」とは、渦が動こうとするときにどれだけ動きにくいかを示す、いわば「渦の動きの重さ」のような概念です。

従来の理論では、この有効質量は一定で動かないと仮定されることが多かったのですが、研究チームは新しい視点から、有効質量が渦の位置や運動によって大きく変化することを明らかにしました。

これが今回の研究の画期的なポイントの1つです。

研究者たちは、この有効質量の変化をしっかり取り入れて理論を修正しました。

その結果、以前の理論モデルでは見落とされていた渦の生成しやすさ(量子トンネル率)が、より正確に計算されることになったのです。

つまり、この質量変動を取り入れることで、理論上予測される渦の出現率の計算が大きく改善されました。

最後に研究チームは、自分たちが立てた理論を実際に検証する方法も提案しました。

それが「渦カウント実験(vortex counting experiment)」と呼ばれるもので、実験室で薄膜に流れを与えて時間をかけて観察し、自発的に発生する渦の数を直接数える方法です。

もしこの方法で理論通りの数が確認されれば、「真空から有が生まれる」という不思議な現象の仕組みに大きく迫ることができるでしょう。

次ページ渦の質量変動が示す理論の進化

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