まるで脳の回路が再起動している
研究チームは、網膜の神経を一時的に停止させ視覚情報を脳に送らないようにしたとき、視覚情報の中継地点である視床外側膝状体(lateral geniculate nucleus:LGN)と一次視覚野の神経活動がどのように変化するのかを詳しく調べてみました。
そこで、研究チームが注目したのは、「バースト発火(burst firing)」と呼ばれる視床の神経細胞の発火パターンです。
バースト発火とは、神経細胞が短い時間に電気信号を立て続けに発する活動で、胎児期から生後まもないころの発達初期の脳でよく見られるリズムです。
研究者たちは、網膜の活動を一時的に完全停止させると、この発達初期に特有のバースト発火が大人の脳でも強く現れ、それが弱視の回復を引き起こしているのではないかと考えました。
この仮説を確かめるために、研究チームはマウスに発達期の片眼遮蔽(monocular deprivation)を行い、人工的に弱視の状態を作りました。そしてテトロドトキシン(tetrodotoxin:TTX)という物質を用いて、片側の網膜から脳への信号を完全に遮断する実験を行いました。
TTXはフグ毒として知られる成分で、一般の人には死に至る猛毒のように認識されていますが、実際は神経細胞の活動を一時的に止める作用を持つ成分です。研究ではTTXの量を安全に制御して、網膜の構造を傷つけることなく活動だけを止めるための手段として利用されています。
実験の結果、健常なほうの目を一時的に不活化すると、弱視の目に対応する視覚野の応答が劇的に改善することが確認されました。しかしこの結果より驚きだったのは、弱視側の目のを不活化しても、同じように視覚応答が回復した点です。
これまでの弱視治療の発想では「良いほうの目を抑えて弱視の目を使わせる」ことが前提でしたが、この実験結果はその前提を覆すものです。
さらに研究チームは、視床のバースト発火が本当に回復に必要なのかどうかを調べるために、T型カルシウムチャネル(CaV3.1)というタンパク質を欠損させた特別なマウスを使いました。これはバースト発火を起こすために不可欠な要素であり、その働きをなくすことで視床がバースト発火を出せなくなります。
結果として、視床でバースト発火が起こらないマウスでは、健康な目の神経を一時停止させても弱視は回復しませんでした。
この事実は、視床のバースト発火こそが弱視改善の決定的な要因であることを強く示しています。
研究者たちはこの結果をもとに、網膜を一時的に不活化することで脳の視覚回路が「発達初期の可塑性(plasticity:神経回路が変化しやすい状態)」を取り戻すのではないかと考察しています。
つまり大人の脳であっても、適切な条件を与えると、まるで「再起動(reboot)」したかのように使われなくなっていた視覚回路が再び学習可能な状態へ戻る可能性があるのです。
今回の研究は、弱視治療の考え方を「どちらの目を使わせるか」ではなく、「脳の中でどんな神経活動を促すか」が重要であることを示しています。
もちろん、この研究はまず動物モデルでの結果であり、すぐに人間への臨床応用に直結するものではありません。しかし、これまで「大人では治らない」とされてきた弱視に対して、新しい扉が開かれたことは確かです。
研究チームは今後、より安全で非侵襲的な方法で視床の活動モードを切り替える手法を検討するとしています。脳が持つ潜在的な回復力を引き出す治療は、弱視だけでなく他の神経疾患にも応用される可能性があり、今後の展開が期待されます。

























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