実験参加者は「命令に従った」のではなかった?
今回の研究では、イェール大学に保存されていたミルグラム実験の音声記録136件が再分析されました。
研究を行ったのは英オープン大学(The Open University)の心理学を中心とするチームで、彼らはあるシンプルな疑問を持ちました。
「参加者は本当に実験の指示に、従っただけだったのか?」
ミルグラムの実験には、明確な手順がありました。
まず、問題を読み上げ、回答を確認し、電圧を告げ、ショックを与え、正解を読み上げるという流れです。
(ただし注意すべき点として、電気ショックを受ける人物は役者で、電気ショックを受けたふりをしているだけです)
この手順こそが、行為を「科学実験の一部」として正当化していた重要な枠組みでした。
ところが分析の結果、驚くべき事実が明らかになります。
完全に指示に服従したとされる参加者であっても、この手順を最後まで正確に守った人は一人もいなかったのです。
さらに、電気ショックを与える際の約半分の行動で、何らかの手順違反が確認されました。
例えば、役者が電気ショックに対して悲鳴を挙げている最中に次の問題を読み上げ始め、間違いを誘ったりしていたのです。
つまり、参加者たちの多くはすでに「実験としてのルール」から逸脱していたのです。
にもかかわらず、彼らはある行動だけは決してやめませんでした。
それが「電気ショックを与えること」です。
この結果は、従来の説明に大きな疑問を投げかけます。
もし人々が「科学的な実験として正しいから従っている」のなら、なぜ科学的な手順を無視したのでしょうか。
ここから浮かび上がるのは、「人は命令に従っていたのではない」という可能性です。
悪に加担させるのは「圧力」と「沈黙」
では、なぜ人々は行為をやめなかったのでしょうか。
研究者たちは、その原因を「環境の変化」に見出しました。
ミルグラム実験では、参加者が電気ショックを与えるのをためらうと、実験者は次のように段階的な指示を出します。
「続けてください」
「実験には続行が必要です」
「続けることは不可欠です」
「あなたには他に選択肢はありません」
このように、前進する方向には強い圧力がかけられていました。
一方で、奇妙なことに、参加者が手順を破っても実験者は何も言いませんでした。
訂正もしなければ、中断もしないのです。
つまり、
・「続けろ」という圧力は強くかかる
・しかし「実験の手順が正しいかどうか」は放置される
という状況が生まれていたのです。
この結果、実験は徐々に「科学的な目的」を失っていきます。
最初は記憶実験だったはずが、気づけばただ「人に苦痛を与える行為」だけが残る状態になっていたのです。
研究者たちはこれを「正当な暴力から不当な暴力への移行」と呼びます。
重要なのは、この変化がほとんど意識されないまま起きる点です。
参加者にとっては、突然「悪いことをしている」と感じる瞬間があるわけではありません。
むしろ、ただ流れの中で行動を続けている感覚に近いのです。
そしてもう一つ、非常に重要な発見があります。
電気ショックを与え続けた人たちは、冷酷な人間だったわけではありませんでした。
むしろ、協調性が高く、ルールを守ろうとする「まじめで良い人」ほど従いやすい傾向があったのです。
一方で途中でやめた人たちは、特別に勇敢だったわけではありません。
彼らはただ、「これはまだ意味があるのか?」という問いを持ち続けていました。
つまり、電気ショックを与え続けた人たちとの違いは、強さではなく「疑問を持って、考え続けたかどうか」だったのです。
悪は特別な人が生むものではない
この研究が示しているのは、少し不安になるような事実です。
悪に加担するのは、特別に残酷な人ではありません。
むしろ、周囲に合わせ、役割を果たそうとする「普通のいい人」こそが巻き込まれやすい可能性があるのです。
そしてその過程は、とても静かに進みます。
正当性は少しずつ崩れ、違和感は見過ごされ、気づいたときには引き返しにくい状況になっている。
重要なのは、強い意志を持つことではありません。
むしろ必要なのは、最初に自分が何に同意したのかを忘れず、「これはまだ正しいのか」と問い続ける習慣です。
ミルグラムは「人はなぜ従うのか」を研究したつもりでした。
しかし今回の分析が示したのは、もっと現実的で、そして少し怖い事実です。
人は命令されなくても、圧力と思考停止によって、静かに悪へと導かれてしまう。
そしてそれは、誰にでも起こりうることなのです。





















最初から世間体気にして良い人ぶってただけなんじゃないの?他人の目や法律で決められてるからやらないだけで集団なら本領発揮しちゃうとか
> 人は命令されなくても、圧力と思考停止によって、静かに悪へと導かれてしまう
ただちにこの解釈に行くのはtoo much speculationでしょ。
そんなルールの詳細までちゃんと履行できる人なんて少ない割合なんだよ。
たとえば自宅のリフォームとかしてみ?「これあらかじめ何度も念を押して言ったよね?図面にも書いてあるよね?」なんてことがしょっちゅう起きる。
私もあなたの意見に賛成です
テストをよく読めば間違えるほうが難しい理科や現代国語や数学のテストで
文字を読み間違えたわけでも書くときに数字がずれたわけでもないのに間違える人はたくさんいることは
学校に通ったことがあればわかる
実験者が「とにかくスイッチ押せばいいんだろ!」と誤解していたわけではないことの確認が必要
人間は他人に苦痛が好きなんだよ。人の不幸は蜜の味蜜の味とはよく言ったもんだ。
同じような言葉は世界中にある。
一つの社会の中での道徳観による良い悪いの定義に意味はない。それは慣習に過ぎないからだ。良い人とされる人も戦争に行けば人を殺す。本当に良い人なら戦争に意味があるかどうかを自分の社会に問う行動をしていただろう。つまり何が言いたいかと言うと保守は全部クズ。
みんなで決めた(またはみんなで選んだリーダーが決めた)結論なのに、それに従わずに責任を回避して、自分だけ反対しつづけるリベラルばかりでは、社会は回らないからね。
みんなで決めたは国益を担保しないし、妥当性があるならなんでも反対はされない。何より反対することは責任を回避する事にはならないし、社会が回らないと言うのも何ら根拠がない。民主主義とグローバル社会を勉強し直すべきだね。