脳は2つの異なる器官を組合わせた「複合器官」だった

研究チームはまず、マウスの胎児を調べました。
注目したのは受精からおよそ1週間後の「原腸形成」と呼ばれる非常に早い時期です。
すると、この時期において将来の脳になる細胞の中に、はっきり異なる2つのグループがあることがわかりました。
1つ目のグループは前脳と中脳の種(前方神経外胚葉)で、目印となる遺伝子(Otx2)を働かせています。
2つ目のグループは後脳の種(後方神経外胚葉)で、別の目印の遺伝子(Gbx2)を働かせていました。
次に研究チームは、後ろ側の種の細胞に光る目印をつけ、その子孫がどこへ向かうのかを追いかけました。
すると目印のついた細胞は、生まれる直前になっても後脳にしか現れず、前脳や中脳には入り込んでいませんでした。
ただし、これだけでは種そのものが別物なのか、置かれた場所に従っただけなのかは、まだわかりません。
そこで研究チームは、ヒト多能性幹細胞から前側の種と後ろ側の種をそれぞれ作りました。
そのうえで、わざと本来とは逆の指示を与える「命令違反テスト」を行いました。
もし脳の種がこの段階でもまだ前にも後ろにもなれる万能な種なら、後ろ側の種でも、「前脳になれ」という指示を与えれば素直に前脳の細胞になるはずです。
しかし前と後ろの種がすでに行き先の決まった別物なら、同じ指示を与えても後ろ側の種は前脳にはならず、後脳への道を進み続けるはずです。
結果、明確な区別が見えてきました。
前側の種に前脳になる信号を与えると、約95%が前脳の細胞の目印(LHX2というタンパク質)を出し、前脳の細胞へと向かいました。
ところが後ろ側の種に同じ信号を与えても、目印を出したのはわずか0.5%、200個に1個だけでした。
中脳になる信号でも前側の種では中脳の目印(EN1)を出したのに対し、後ろ側の種では1%に届きませんでした。
逆に、前側の種に後脳になる信号を与えても、後脳の目印(MAFB)を出したのは1.6%だけでした。
この結果は、前側(前脳と中脳)に後ろ側(後脳)になれという命令も、後ろ側(後脳)に前側(前脳と中脳)になれという命令も、どちらもほとんど効かなかったことになります。
2種類の種を混ぜて一緒に育てても、それぞれ自分の行き先を守りました。
朱に交わっても、赤くはならなかったのです。
違いは、DNAのしまわれ方にも表れていました。
細胞はDNAを、すぐ使う部分はほどけぎみに、使わない部分は巻き込んだまま保存しています。
調べてみると、幹細胞から育て始めてわずか2日目で、前側の種と後ろ側の種では、ほどけて使いやすいようにしている部分が違っていることがわかりました。
全ての細胞は同じ遺伝子を持っていますが、活発になる遺伝子の違いが細胞の個性になり、皮膚細胞になったり神経細胞になったりと、細胞の種類も別物になります。
神経細胞が完成するまでには数週間から数カ月かかるのに、脳の前側と後ろ側の細胞の違いだけは2日で決まっていたことになります。
これらの結果から研究者たちは、脳は1つの種が作り分けられた器官ではなく、2つの種から生まれる「複合器官」だと提唱しています。
たとえるなら、1つの生地から焼いたと思っていたフランスパンが、実は前半分は小麦粉、後ろ半分は米粉の生地を継ぎ合わせたものだったようなものです。
材料の出自が、そもそも違っていたわけです。





























