人間もAIも強くなるほど緊張を積み上げる
次に研究者たちは、同じ手数までに積み上がる「緊張」の合計を、様々なケースで調べてみました。
すると、人間でも棋力が高い選手ほど、考える時間が長いほど、その合計は大きくなりました。
たとえば1人3〜5分の早指しより10〜25分の対局のほうがわずかに高く、1人60分以上をかけることも多い本格的な対局では、トップ棋士が人間で最も高い値を記録しました。
考える時間が長いほど、人間もより複雑な局面を抱えておけるわけです。
AIでも似た傾向がありました。Stockfishの先読みを深くする実験では、浅い先読みよりも、対局中に維持される緊張の合計が高くなる傾向が見られたのです。
そして、強力なコンピューターで指される大会のAI同士の対局は、トップ棋士の本格的な対局さえ上回る値を示しました。
これらの結果は、複雑さを保つことが、考える能力や余裕と結びついていることを示唆します。
そして人間がAIに緊張レベルが及ばない原因として、人間が盤面を整理する背景に、記憶や注意力の限界があると考えています。
(※研究者たちによれば、強い人間ほど危険な定跡を深く覚え込み、あえてその複雑な局面に相手を引き込んで、相手の頭に負担をかけているといいます。)
一方、AIが複雑な攻防を残すことには、後の選択肢を保つ意味があるのかもしれません。
研究チームは、AIが張りつめを保つことで目先の得をあえて先送りにし、対局の後半になって初めて姿を現す有利の芽を育てているのではないかと考えています。
そして、そうした長期的な選択は、豊富な計算能力が支えている可能性を挙げています。
セルヴェディオ氏は「強いAIは多くの可能性を同時に抱えておけますが、人間はそれらの絡み合いをすべて管理するのが頭の重荷になるため、しばしば局面を単純にするのです」と説明します。
もっとも現段階では「張りつめを保つ指し方=AIの強さの原因」とまでは言い切ることはできません。
強い人間やAIほど緊張を保つという関係は見えましたが、緊張を保つから強いのか、強いから緊張を保てるのかは、今回のデータだけでは見分けられないからです。
それでもセルヴェディオ氏は「私たちの結果は、複雑さを保つこと自体が戦略上の資源であることを示唆しています」と述べています。
さらに論文は、こうした人間とAIの違いが、人間を教えたり練習相手になったりするAIの設計にも関わると指摘しています。
人間の練習相手になるAIには、強さだけでなく、人間らしい緊張の扱い方まで求められるのかもしれません。
研究チームが次に見すえているのは、チェス盤の外の世界です。
外交や軍事計画、金融市場のように、世界で最も難しい決断の多くは、刻々と形を変える無数の可能性の網の中で下さなければならない、とセルヴェディオ氏は言います。
人間なら片づけてしまう複雑さを抱えたまま考え続けるAIが、こうした重大な決断の場に加わったら、何が起きるのか。
チェスから見えてきた人間とAIの差は、その答えを探る手掛かりになるかもしれません。






























