人に飼われる中で変異が積み重なった

答えを求めて研究者たちはまず、この株にいちばん近い野生の親戚を突き止めることにしました。
手がかりは、菌が持っているDNAの全文(ゲノム)です。
公開されている1000株を超えるボツリヌス菌のゲノムを読み比べたところ、最も近かったのは2005年にドイツの牛から見つかった株でした。
両方が共通して持っている部分、99.999%に及びました。
ここまで似ていると、話が一気に簡単になります。
共通の祖先から枝分かれしたあとに起きた差だけを、きれいに取り出せるからです。
どちらの側で変わったのかは、さらに別の近縁株と見比べて振り分けました。
その結果、野生の側に起きていた書き換えはわずか4か所でした。
家畜化が進んだホール株の側は90か所です。
しかもそれとは別に、2か所で合わせて82個の遺伝子が、丸ごと抜け落ちていました。
変化は、人に飼われていた側に、極端に偏って積み上がっていたのです。
その山の中に、決定的な一つがありました。
DNAをコピーするときの写し間違いを見つけて直す係(ミスマッチ修復)をつくる遺伝子mutSの指示が、途中で打ち切られていたのです。
全長の9%のところで文が終わっていて、修理係として働くことはできません。
研究チームは次に、ホール株と、手元にあった中でいちばん近い別の野生株を何代も植え継ぎ、変異がたまる様子を直接追いかけました。
差は歴然としていました。
1文字ぶんの挿入や欠落は、ホール株ではこの野生株のおよそ100倍の速さでたまっていきます。
1個のコロニー(寒天の上にできる菌のかたまり)には1億ほどの細胞が含まれますが、そこには集団ぜんたいで300万個ほどの書き損じが散らばっている計算です。
修理係を失った菌は、変異の見本市のような状態になります。
ただし、見本市に並ぶのは当たりばかりではありません。
写し間違いは働いている遺伝子の真ん中にも落ちますから、むしろ使えなくなる部品のほうが数多く増えていきます。
壊れた修理係を抱えた菌は、ふつうなら自分で壊した部品に埋もれて沈んでいくはずです。
ところがこの株は沈むどころか、90年ものあいだ、世界中の研究室と工場で使われ続けてきました。
なぜ、壊れた修理係はこの菌に居座り続けられたのでしょうか。
手がかりは、変異が増えたこと自体ではなく、その結果この菌が何を手に入れたのかにあります。
そこで研究チームは、変異の比較に使ったのと同じ野生株を、ホール株と一つの培地に入れて競わせました。
混ぜる割合を1対9から9対1まで変えて始めても、結果は変わりません。
ホール株は4日で全体の9割を超えたのです。
壊れた部品を山ほど抱えたまま、培地の中では野生株を押しのけてしまいます。
研究者がわざわざ選り分けなくても、この株はひとりでに広がっていける菌でした。
では、何がこの菌を、そこまで有利にしていたのでしょうか。




