リンの抽出
ブラントが尿を使って行った実験の正確な内容は明らかではありません。しかし、彼は最初の数週間、尿を日光のもとに置いたと考えられています。
その後、もはや腐った液体を煮詰めてシロップ状にし、さらに加熱して赤い油を抽出しました。
次に残りを地下室で黒くなるまで冷やし、下層に析出した塩分を捨てました。
最後は、黒い部分と赤い油を混ぜて再び加熱し、レトルトで蒸留したのです。
レトルトは長くくびれたガラス管の伸びた球状の容器のことで、物質の蒸留する化学実験の器具のことです。
このレトルトからは白く輝く液体が滴り落ち、それは空気に触れるとにんにくのような匂いを発して燃え上がったのです。
ブラントは、ついに自分が賢者の石に匹敵するものを発見したと思ったことでしょう。
このとき彼が見つけ出したものは白リンでした。白リンは発火点が60℃程度と非常に低く、放っておいても自然発火します。現代では、危険なので水中で保管する物質です。
リンが低温でも燃えやすいことは、擦るだけで燃え上がるマッチの原料にもなっていることから知っている人は多いでしょう。
「ガラスの容器に液体を捕らえて蓋をしたところ、それは固化したが不気味な淡緑色で光り輝き、炎がその表面を舐めているようだった」と記録があります。
ブラントはすぐにそれが燃え尽きると考えたようでしたが、火は消えることなく輝き続けました。まるで魔法のようだったことでしょう。
リン(燐)は酸素と反応して熱を持ち青白く輝きます。その名の通り、燐光の語源となった物質です。
ブラントはこのリンを、「phosphoros:フォスフォラス(光を運ぶもの)」と名付けました。
彼は尿を加工するとき、析出した塩分を捨てていましたが、実際尿に含まれるリン酸塩のほとんどがそこに含まれています。
彼の実験では5500リットルの尿からたった120グラム程度のリンしか取り出せませんでしたが、もし塩分を捨てなければ、その何倍ものリンを取り出せていたでしょう。
この発見はやがて、他の化学者仲間にも広まっていったようです。
ちなみに彼はこんなことをしている間に、2番目の妻の財産も使い果たしてしまったそうです。妻も本望だった…かどうかはわかりませんが、人類史に残る発見をしたのは確かでしょう。
今度トイレに行くときは、人類の偉大な発見に思いを馳せながら排尿してみてもいいかもしれません。