最後の1%に含まれた「知恵の実の遺伝子」
近年の急速なバイオテクノロジーの進歩により、研究者は脳の発達に必要な数多くの遺伝子を発見してきました。
しかし、発見された遺伝子の多くはサルにもみられる遺伝子でした。
そのため研究者は、ヒトとサルを隔てている原因は特定の遺伝子にあるのではなく、遺伝子の働きかたの強弱の違いによるものだ、と考えるようになりました。
すなわち、サルからヒトへの進化は決定的な変異が原因ではなく、多くの遺伝子が少しずつ変化した結果であるとの見解です。
ですが、この説には唯一の例外、いや弱点がありました。
ARHGAP11Bと呼ばれる遺伝子だけは、どのサルにもなく、ヒトのみにあったのです。
そこで日本とドイツの研究者は、この異端であるARHGAP11B遺伝子こそがサルとヒトを隔てる決定的な違いであると考え、この「知恵の実」とも言うべき遺伝子を、サルの受精卵に組み込み、どんな脳を持つサルが生まれてくるかを待ちました。
結果は……研究者たちの予想を超えたものになりました。
受精から100日が経過したサル胎児の脳は、通常の胎児に比べて大脳新皮質が2倍の厚さになり、脳細胞を生成する幹細胞の数も大幅に増加したのです。
さらに変化は単純な大きさや細胞数の増量に留まりませんでした。
この時期のサル胎児にはみられないシワ構造が現れはじめ、増加した細胞をヒトの脳のように効率的に折りたたんで収納しようとしはじめたのです。
また脳のミクロな構造を調べた結果、上層部の細胞数が劇的に増加しており、脳の細かな部分もヒト化していることが判明。
受精から100日後「知恵の実の遺伝子」を組み込んだサル胎児は、最もヒトに近い生物になりはじめていました。
このとき研究者は「このまま子供を出産させるか、中絶させるか」の決断に迫られました。
研究者は、産まれてきたサルにどのような行動の変化が起こるかわからず、責任を持てないと考え、中絶せざるを得なかったようです。