ハエは生きたまま腹部を喰われるが痛みを忘れてより活動的になる
今回の研究で発見されたゾンビ菌は感染と同時にハエの腹部を食い荒らしていきます。
しかしハエをすぐには殺しません。
ハエの腹部には人間の胃袋や腸にあたる消化管のほか、肺にあたる呼吸器と、精巣や卵巣にあたる生殖器が存在しますが、ゾンビ菌は狙い撃つように生殖器から食べはじめるからです。
人間と同様に、ハエも外部性器を失っただけでは死にません。
ハエの性器を喰いつくすと、次にゾンビ菌はハエの腹部に大穴をあけて胞子を飛ばすようになります。
この「まき散らし」段階に達したハエは、非常に行動的になります。
ハエを行動的にすることで、ゾンビ菌はより広い範囲に胞子を広げることができます。
ゾンビ菌の胞子は流線形をしており、風に乗って別のハエに付着するとアメーバ型に変形し、ハエの表皮を喰い破って再び腹部に侵入します。
冬虫夏草などの他の昆虫に感染する真菌は、宿主が死んだ後に胞子を生産しますが、ゾンビ菌はハエを生きたままタクシー代わりにしているのです。
しかしまだハエに死は許されません。
生殖器を喰いつくしたゾンビ菌は胞子を生産し続ける栄養を得るために、次はハエの脂肪組織を食べ始めます。
性器と同様に、脂肪組織の喪失も直接的な死につながりません。
脂肪を食べつくした後は、精巣や卵巣といった内部生殖器が捕食の対象になります。
内部生殖器もまた、命の維持には直接関係ありません。
ゾンビ菌はハエを知り尽くしたかのように、ハエの体から1つずつ臓器を奪っていくのです。
そうしてハエの体内を食い尽くすと、ゾンビ菌は最後に筋肉を食べ始めます。
ですが心臓からではありません。
心臓や呼吸にかかわる肺の筋肉から食べてしまうと、ハエは直ぐに死んでしまうからです。
なので食べるのは手足の筋肉や胃や腸といった消化器官の筋肉から。
この段階になるとハエは正常に飛んだり歩くことができなくなります。
さらに筋肉を制御していた神経も食べられ始めるとハエは仰向けになって痙攣がはじまります。
最終段階に至ると、脳や心臓を対象とした終末的な捕食が起こり、そしてハエにようやく死が訪れます。
唯一、幸運があるとしたら、おそらくハエは最後まで痛みを感じていない点にあります。
ゾンビ菌は行動支配の手段として、非常に強力な向精神薬を分泌しているからです。