1億倍に拡大されたプラセオジム化合物(PrScO3)結晶の電子タイコグラフィ再構築画像
1億倍に拡大されたプラセオジム化合物(PrScO3)結晶の電子タイコグラフィ再構築画像 / Credit:Cornell University
technology

「分子内の原子」まで見える物理的限界にせまった画像を公開

2021.05.25 Tuesday

科学者たちは、おそらく物理学的に見ることが可能な限界のサイズまで画像化することに成功したようです。

コーネル大学の研究チームは、電子タイコグラフィと呼ばれる散乱したレーザーを再構築する手法を強化して、分子内で化学的に結合する個々の原子まで画像化させることに成功しました。

研究者によると、これは事実上、電子顕微鏡で到達できる限界の解像度だと考えられ、画像は特別なアルゴリズムによって熱による原子の振動まで補正して作成されています。

この研究の詳細は、5月21日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。

Cornell researchers see atoms at record resolution(Cornell University) https://news.cornell.edu/stories/2021/05/cornell-researchers-see-atoms-record-resolution
Electron ptychography achieves atomic-resolution limits set by lattice vibrations https://science.sciencemag.org/content/372/6544/826

物理的に見ることができる限界サイズ

コーネル大学の研究チームは、2018年に高出力の検出器と電子タイコグラフィと呼ばれる手法を組み合わせて、最先端電子顕微鏡の解像度を大きく引き上げる世界記録を樹立しました。

しかし、そのとき達成された方法には弱点があり、見ることができる物質は原子数個分の厚さまでという、極薄サンプルにか対応できなかったのです。

この原因はサンプルが、それ以上の厚さになると、ぶつけた電子ビームが解析できないレベルで散乱してしまうためです。

今回、米国のコーネル大学カブリ・ナノスケール科学研究所(KIC)のデビッド・ミュラー氏が率いるチームは、これまで以上に高度な最先端の3D再構成アルゴリズムと電子顕微鏡ピクセルアレイ検出器(EMPAD)を開発し、解像度記録を2倍近く更新させました

「これは単なる新記録の樹立というだけではありません。

我々は事実上、分解能の究極限界となる領域に到達したのです

ミュラー氏はそのように、今回の成果を説明しています。

実際公開された画像は、分子内で結合する原子1つ1つまでが画像化されています

公開されたプラセオジム化合物(PrScO3)の結晶を1億倍に拡大した画像。サンプルを構成する原子まで画像化されている。
公開されたプラセオジム化合物(PrScO3)の結晶を1億倍に拡大した画像。サンプルを構成する原子まで画像化されている。 / Credit:Cornell University

では具体的に、どうやってその偉業は達成されたのでしょうか?

ミュラー氏によるとは、これはマンハッタン計画にも参加したコーネル大学の物理学者ハンス・ベーテが1928年に提唱した、試料中で多重散乱されたビームをもとに戻すという課題を解決させたものだといいます。

長い間、電子顕微鏡はレンズの限界によってその分解能に制限がかけられていました。

しかし、現在チームが使う電子タイコグラフィという手法では、電子顕微鏡からレンズを取り除き、サンプルを通過して散乱した電子ビームをコンピュータによって再構築して画像化を行っています

こうした手法は電子イメージング技術と呼ばれます。

今回の新技術が画期的な点は、このサンプルから重複する散乱パターンをスキャンして、重複する領域の変化を探すことで、散乱パターンを生む原因となったオブジェクトの形状を計算できるようにしたというところです。

このため、電子顕微鏡で使用される検出器は、意図的にわずかに焦点をぼかすことで広い範囲のデータキャプチャし、複雑なアルゴリズムを介して、サンプルの鮮明な画像を再構築しています。

難しいのでもう少し一般的な例として、「二重スリット実験」のようなものを思い浮かべてみましょう。

このとき光はなにかの間を通り抜けた後、縞模様のような散乱した像を作るのがわかると思います。

その散乱した光をもとに、光がどんな形のものを通過したのか、さかのぼって計算し、画像化するのがこの手法です。

X線タイコグラフィの概念図。今回の研究と直接関係する図ではないが、散乱した光の回析パターンからビームの通過した試料の形状を復元させている。
X線タイコグラフィの概念図。今回の研究と直接関係する図ではないが、散乱した光の回析パターンからビームの通過した試料の形状を復元させている。 / Credit:理化学研究所, 高橋 幸生ら,Optics Express(2020)

今回の新技術は、こうした手法を優れた検出器と、複雑なアルゴリズムによってさらに強化したものです。

それはピコメートル(1兆分の1メートル)の精度を持つ高解像度の画像を得ることができます。

さらにミュラー氏は、「このアルゴリズムにより、顕微鏡はすべてのブレを補正できるようになった」と述べています。

それはどういう意味かというと、原子を見るときの最大の問題となるブレ要因、温度による原子の振動まで補正してしまうということなのです。

一般的に私たちが使う温度は、熱いとか冷たいという感覚を表すものですが、その物理的な意味は原子がどれだけ揺らいでいるかという平均速度です。

温度の物理的な意味とは、原子や分子が持っている運動エネルギー。激しく原子が動くほど熱くなる。
温度の物理的な意味とは、原子や分子が持っている運動エネルギー。激しく原子が動くほど熱くなる。 / Credit:canva,ナゾロジー編集部

原子の姿を捉えるほど、小さな世界を見たとき、原子は温度によって揺れ動いています。この熱による運動のブレまで補正してしまうのが今回の技術のすごい点なのです。

これまでのタイコグラフィという手法では、基本的2次元的な構造しか分析できませんでした。

しかし、この最新の電子タイコグラフィでは、この熱のブレまで補正することで、他のイメージング手法では隠れてしまう個々の原子の位置まで3次元的に特定することが可能になったのです。

だったら、そんな面倒なことをせずに原子動かなくなるまで冷却してしまえばいいのではないか? と考える人もいるかもしれません。

確かに今回の研究者も、サンプルを絶対零度近くまで冷却したり、動きの揺れが少なくなる重い原子を利用することで今回の記録が更新される可能性はあるだろうと述べています。

しかし、たとえ絶対零度まで冷やしたとしても、原子には量子的なゆらぎが存在しているため、結局のところさほど大きな記録更新にはならない可能性が高いようです。

この最新の電子タイコグラフィは、今後、半導体や量子コンピュータを含む量子材料の画像化、材料同士の結合の境界部分の原子の分析などにおいて、特に役に立つことが期待されています。

また、これまでと異なり、厚みのあるサンプルにも適用できるようになったため、生体細胞や組織、さらには脳のシナプス結合などを詳細に分析できるようになる可能性があります。

この方法は、実際に見ているわけではなく散乱したパターンを分析し、再構成しているため、計算に非常に時間がかかるという問題を抱えています

しかし、それもより強力なコンピュータや機械学習、強力な検出器を併用していくことでもっと効率化させていくことができるでしょう。

「私たちはみんな、これまで度の合ってない悪いメガネを使っていました。

そして、今私たちは本当にいいメガネを手に入れたのです。

当然、古いメガネは外して、新しいメガネで、ずっと世界を眺めていたいと思いませんか?」

ミュラー氏はそのように語って、今後これから自分たちが行うすべてのことに、この技術を適用していきたいと述べています。

【編集注 2021.05.25 17:10】
記事内容に一部誤字があったため、修正して再送しております。

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