なぜ作物を急成長させられたのか?
研究チームは、RNA操作のために、タンパク質の一種である「FTO」に注目しました。
FTOは、RNA上の化学マーカーを消去する働きがあり、その結果として、DNAの発現を制御することができます。
これではよくわからないと思いますが、FTOは動物が持つ遺伝子で、肥満など細胞の増殖に関連していると考えられています。
今回の研究チームはFTOについて研究を行っており、RNAが人間や他の動物の細胞増殖に影響を与えることを知っていました。
そこで、チームは、動物が持つFTO遺伝子をイネに挿入して、成長過程を観察しました。
すると、イネの根系(地下部の全体)が通常より長くなり、光合成の効率が向上、さらに乾燥によるストレス耐性も格段に高まったのです。
この結果に驚いたチームは、イネとはまったく違う科のジャガイモでも実験したところ、イネと同様に質量と収穫量が通常より50%増加しました。
この仕組みについて、研究主任のChuan He氏は「FTOタンパク質が、最も豊富なRNA修飾の一つであるm6A(N6-メチルアデノシン)を制御するため」と指摘します。
He氏いわく、「FTOがm6A修飾を消去することで、植物に成長を遅らせるよう指示する信号を消している」というのです。
どういうことかと言うと、たとえば、信号がたくさん立っている道路を想像してください。
ふつうに運転すれば、車は赤信号に引っかかりまくりです。
しかし、もしここで赤信号を消して青信号だけ残せば、車は止まることなくバンバン走り続けられます。
先のRNA操作もこれと同じです。
作物の成長プロセスにおける赤信号がなくなったこと、加えて根系が長くなり、光合成の効率も上がったことで、最終的なサイズと重さが格段に大きくなったのです。
また重要なのは、この技術が、とくに近縁種ではないイネとジャガイモの両方で同様の結果をもたらしたことです。
これは、この技術がさまざまな植物に応用でき、気候変動という課題に対する植物の抵抗力を高められることを示しています。
本研究では、動物のFTO遺伝子を植物に使用しましたが、RNA操作による成長メカニズムをより深く理解できれば、植物自体の遺伝子を活用できるかもしれません。
He氏は「植物にはすでにこのような調節機能が備わっていて、私たちはそれを利用しただけなのだと思います。
だから次のステップは、植物が持つ既存の遺伝子を使ってそれを行う方法を発見することです。
これはまったく新しいタイプのアプローチで、遺伝子組み換えやCRISPR遺伝子編集とは異なる革新的な手法となるでしょう」と話しています。
気候変動が世界各地の農業を圧迫している中で、今回の手法が新たな突破口となるかもしれません。