若い生き血を吸って、メスを誘う「媚薬」を作っていた
蝶の幼虫は、有毒な成分を含む植物を食べることで、その化学物質を自己防衛のために体内に蓄えます。
この化学物質は、天敵の鳥類にとっては有害で食べられないものです。
成長後は、蝶の翅(はね)の鮮やかな警告色となって現れます。
その一方で、これらの化学物質は、オスの個体が交尾のためのフェロモンを産生するのにも役立ちます。
フェロモンはメスを惹きつけて交尾を促進させる、いわば「媚薬」のようなものです。
オスはこのフェロモン量を増やすために、化学物質の供給源を求めて食事をします。
その主な供給源となるのが、植物です。
オスは化学物質を得るために、「リーフスクラッチング(leaf-scratching)」と呼ばれる行動を取ります。
前脚に生えた微小な爪を使って植物の表面を傷つけ、口元の長く巻かれた吸収管(きゅうしゅうかん)で、化学物質を吸い取るのです。
ところが本研究で観察されたオオカバマダラは、まったく別の供給源をターゲットにしていました。
同種となるオオカバマダラの幼虫です。
研究主任のYi-Kai Tea氏は2019年、同僚と一緒に訪れたインドネシア・スラウェシ島北部の海岸林で、オスのオオカバマダラが、同種の幼虫に吸収管を挿して、食事しているのを発見しました。
その方法は、葉を爪で傷つけるリーフスクラッチングとまったく同じものでした。
そこでTea氏と研究チームは、同エリアでフィールドワークを実施。
その結果、他のオス個体も、生きている幼虫や死んだ、あるいは死にかけている幼虫を標的にして、リーフスクラッチングを行なっていたのです。
これにより、少なくともスラウェシ島のオオカバマダラは、同種の幼虫を食べる習性があることが伺えます。
これまでの研究で、他種の昆虫の死骸から化学物質を吸い取る例は確認されていましたが、自分たちの子(しかも生きている個体)をターゲットにする例は知られていません。
Tea氏は、次のように述べています。
「幼虫はたくさんの植物を食べているので、化学物質がたんまり詰まった袋のようになっています。
オオカバマダラのオスにとって幼虫は、大量の化学物質をラクに得られる袋と捉えているのかもしれません。
また、この行動は、捕食、寄生、相互作用に関する従来の形態のいずれにも当てはまらないため、昆虫の進化論に新たな疑問を投げかけています。
私たちは、この行動を新たに『クレプトファーマコファジー(kleptopharmacophagy、消費のための化学的窃盗)』と命名しました」
研究チームは今後、他種の蝶にも同じ行動が存在するのか、蝶は具体的にどの化学物質に興味を示すのか、といった点を調査する予定です。
しかし、「交尾をするために若い生き血を吸う」というのは、何か矛盾しているようにも思えます。
生き物は種を繁栄させるために行動するのですから。
もしかしたらこれは「他人の子を犠牲にしてでも、自分の遺伝子を残したい」という本能の表れなのかもしれません。