長い距離は送れなかった量子暗号通信
現在広く利用されている暗号通信は、暗号鍵というものを用いて情報のやり取りをしています。
通信で送られる情報は、暗号化によって読めないメチャクチャな内容に変換されていますが、これを読むために必要となるのが暗号鍵です。
これまでも、暗号をコンピュータの計算で突破することは不可能ではありませんでしたが、それには数万年単位の計算時間が必要となるため、犯罪で試す人はいませんでした。
しかし、量子コンピュータが進歩すれば、通信の安全性が著しく低下する恐れがあります。
量子コンピュータの計算が早い理由は、簡単に説明すると10の組み合わせがある暗号を試す場合、普通のコンピュータは10回計算しなければなりませんが、量子コンピュータは量子のもつれを利用して、10の平行世界を使って1回の計算で済ませられるからです。
これは1回の計算時間が1秒の場合、普通のコンピュータで10秒かかる計算が量子コンピュータでは1秒で済むことになるわけです。
現状ではコンピュータを何台も用意して並列処理する方法と量子コンピュータは、能力的にそれほど違いがありません。
しかしこの先、どんどん量子コンピュータが進歩していくことを考えれば、暗号は悪意を持つ相手にはあまり役に立たなくなってしまう可能性が高いでしょう。
そこで安全な通信を確保するための新たな方法として、通信自体の盗聴を防ぐ量子暗号通信が登場しているのです。
量子暗号通信は、量子力学の「観測されるまで物事の状態は確定されない」という理屈をうまく利用しています。
データ通信では光ファイバーを通じて光子を送り合います。
この光子に量子のもつれ状態を持たせて送るわけです。
光子は分割できないので、途中で誰かがデータを盗聴していた場合、盗聴者はその光子を観測してコピーを作り受信者側へ送らなければなりません。
しかし、もつれた光子の状態まで完全にコピーすることはできないため、送信者と受信者が受け取った光子の状態を確認して答え合わせされてしまうと、盗聴がバレてしまうというわけです。
しかも観測した時点で光子の状態が確定されるため、互いに答え合わせのできる送信者と受信者の間以外では、意味のあるデータではなくなってしまいます。
送信データ自体をこの複雑な方式で送ることは困難ですが、現在は暗号化や復号に使う暗号鍵のデータを、この量子暗号通信で送るという事が研究されています。
数学的には破られる恐れのある暗号でも、この量子力学的な仕組みで作られた暗号なら、突破することはまず不可能だと考えられているのです。
ただ、問題はこの量子力学的な重ね合わせ状態を維持した光子(量子ビット)を、長距離伝送することが困難だということです。
光ファイバーは当然、温度変化や振動など環境的な要因で伸び縮みします。
通常の通信では影響の出ない変化でも、光子1つずつが重要な情報を持つ量子ビットでは大きな問題になってきます。
そのため、これまで量子暗号鍵配信システムの通信距離は、約100~200kmに限られていて、最新の実験でも実証できた距離は500km程度でした。
本州を横断することもできない距離となると、都市間や国家間の長距離で安全な通信網を築くことはできません。
東芝が今年6月に実現させたのが、そうした光ファイバーに生じた環境変動の影響を補正できる通信技術です。
ここでは2つの異なる波長の光を利用し、1つは連続波を用いて位相の高速な変動を補正し、第2の信号は、量子ビットと同じ波長にすることで微小な変動を補正するのだといいます。
こうした方法に寄って、東芝は世界最長となる600kmを超える量子暗号通信を実証することができたのです。
それでもまだ世界全体を考えれば短い距離かもしれませんが、これは重要な技術の進歩であり、この世界から5年以内の実用化を目指すといいます。
量子暗号通信技術は、悪意のある量子コンピュータの利用までに本格的に追いつけるのでしょうか。