水素原子内の電子の波動関数。軌道ごとに電子が取れるエネルギー状態のパターンでもある。
水素原子内の電子の波動関数。軌道ごとに電子が取れるエネルギー状態のパターンでもある。 / Credit:en.Wikipedia
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歴史で学ぶ量子力学【改訂版・2】「自分が物理学など何も知らない喜劇役者だったらよかったのに」 (2/4)

2022.01.01 Saturday

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パウリの排他原理

古典物理学ではも電子も手に負えないということが徐々に明らかになり、物理の世界は新しい理論を求めるようになっていました。

こうした中登場したのが、量子力学の歴史を語る上で欠かすことのできない重要人物の一人、ヴォルフガング・パウリです。

彼はかなり早熟の天才でした。

世の中には「授業中に机の下に隠した漫画を読んでいた」なんて不届きな人もいるかも知れませんが、パウリの場合、退屈な授業中に隠れて読んでいたのは、アインシュタインの相対性理論の論文でした。

「ともかく物理学は難しすぎて、自分が物理学など何も知らない喜劇役者だったらよかったのにと思う」ヴォルフガング・パウリの肖像
「ともかく物理学は難しすぎて、自分が物理学など何も知らない喜劇役者だったらよかったのにと思う」ヴォルフガング・パウリの肖像 / Credit:Wikipedia Commons

彼の最初の師となったのは、前回登場した「ボーアの原子モデル」に電子軌道が楕円という修正を加えて完成形に近づけたゾンマーフェルトでした。

ゾンマーフェルトは数理科学百科事典という物理をまとめた本を作っていて、相対性理論の解説をアインシュタインに依頼しましたが断られたため、まだ19歳だったパウリにその編集を任せました。

ゾンマーフェルトとしては、パウリに大雑把な草稿を作ってもらい自分で修正して本稿に仕上げるというつもりだったのでしょう。

ところがパウリの書いた相対性理論の解説は完璧なもので、ゾンマーフェルトが「自分が直すところは何もない」と驚くほどの出来栄えだったのです。

それは後日アインシュタイン本人も読むことになり、その深い洞察に称賛を送ったといいます。

そんなパウリでしたが、根っからの理論物理学者で、実験は大の苦手でした。実験器具もよく壊していたため、そのうち近づくだけで器具が壊れると噂されるようになり、科学と無縁のこの現象は仲間たちから冗談めかして「パウリ効果」と呼ばれました。

パウリはその後いくつかの研究室を渡り歩き、ボーアの講演に感銘を受けて、コペンハーゲンの研究所へ行くことになります

この研究所滞在は1年という期限付きのものでしたが、パウリとボーアの付き合いはこの後生涯に渡って続きます。

このとき、ボーアは電子殻モデルというものを発表しています。

化学の教科書を開くと必ず載っている元素周期表というものがありますが、この表の縦列に並ぶ元素は基本的に化学的な性質がよく似ています。

特に一番右側の列に並ぶ希ガス元素(下図で黄色の列)は、極めて安定性が高くほとんど化学反応を起こしません。

元素周期表。縦の列では科学的な性質が非常に類似する。
元素周期表。縦の列では科学的な性質が非常に類似する。 / © 2018-2019 International Year of the Periodic Table of Chemical Elements.

しかしこの元素周期表は、当時の実験結果から経験的に発見されたもので、なぜ元素がこうした並びで周期的に似た性質を表すのか、その理由はよくわかっていませんでした。

これを説明したのがボーアの電子殻モデルです。

ボーアは、原子の中の電子にはまるでスタジアムのアリーナ席やスタンド席のように、座席数の決められた殻があると仮定しました。

そしてその決められた座席がすべて埋まると電子殻が閉じて化学的に極めて安定した状態になると考えたのです。

また元素周期表の並びから、この殻は内側からK殻、L殻、M殻などの種類があって、それぞれに入れる電子の数は2個、8個、18個になるということも明らかにしました。

化学的な性質は、この最外殻にある電子の数によって決まっているのです。

原子の中に電子は指定席を持っていて、決められた数以上入ることはできない
原子の中に電子は指定席を持っていて、決められた数以上入ることはできない / Credit:ナゾロジー編集部,canva

ボーアの電子殻モデルは、どうして周期的に元素に似た性質が現れるのかという、元素周期表の並びの意味を見事に説明しました

電子殻モデル(左)と各元素の電子の配置(右)
電子殻モデル(左)と各元素の電子の配置(右) / Credit:ViCOLLA Magazine

けれどボーアは相変わらずインスピレーションに頼ってこの理論を導いていて、なぜ電子の指定席のようなものが原子の中にあるのか説明することはできなかったのです

恩師のラザフォードも優れたアイデアであることは認めつつも、「なぜ君がこの結論に至ったのかがまるで理解できない」と困惑したといいます。

しかし、ボーアはこのモデルをもとに当時未発見だった、元素番号72番の性質について予想を述べ、それは後に発見されたハフニウムと一致します

このためボーアの電子殻モデルは無視できない重要理論であると考えられるようになりました。

では、ボーアの主張した電子の座席数の正体とは一体なんなのでしょうか?

この疑問に答えるためのヒントは、ラザフォードの研究室にいた大学院生エドマンド・ストーナーが発見します。

ボーア・ゾンマーフェルトの原子モデルでは、電子のエネルギー準位を決定するために、軌道の大きさ(n)、軌道の形(k)、軌道の向き(m)という3つのパラメータ(量子数)を使っていました。

ストーナーはこの3つの量子数を使って計算すると、それぞれの電子殻で電子が取ることのできるエネルギー状態が、1個、4個、9個に決定できるということを発見するのです。

つまりストーナーは、上で示した電子の座席数がこのエネルギー状態の2倍の数であることを示したのです。

パウリはこの研究をヒントにして、現代まで彼の名を轟かせる「パウリの排他原理」を思いつきます。

電子は軌道上で、あるエネルギー状態を作りますが互いに同じエネルギー状態に入ることができません

それが電子殻に入れる電子数に上限を生み出していて、座席数の決まったスタジアムのような状態にしていたのです。

しかし電子殻の上限は、なぜ電子の取りうるエネルギー状態数の2倍になるのでしょうか?

パウリはこの原因が、実は電子のエネルギー状態を決定するパラメータを1つ見落としているためではないかと考えます。

彼はこのとき、磁場の影響で線スペクトルが分裂する「異常ゼーマン効果」の原因解明に苦しんでいましたが、この問題を解決する鍵が「磁場に影響される新しいパラメータ(電子の自由度)ではないか?」 と気づくのです

そして、パウリはそのパラメータに二価性という名を付けて導入します。

これは簡単にいうなら、電子のエネルギー状態をさらに2種類の状態に分割するものでした。

あるエネルギー状態Xがあったとすると、そこにXAとXBという状態を追加するわけです。

これにより、ボーアの主張した各電子殻に入る電子の上限と、ストーナーの計算した電子殻の電子が取るエネルギー状態の数が一致し、電子殻に関する基礎理論が完成したのです。

ただ、この二価性というパラメータが実際には電子の何を表現しているのかは、パウリ自身もわかっていませんでした。

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