脳の“現実メーター”仮説を検証せよ
人は日常的に頭の中でイメージを思い浮かべます。
たとえば「リンゴを思い浮かべて下さい」と言われたとき、人々は目の前にリンゴがないにも関わらず、頭の中にリンゴの姿を思い浮かべることができます。
しかし多くの場合、私たちはそれを現実のリンゴと取り違えることはありません。
「そんなの当たり前だ」と思うかもしれませんが、実はそうでもありません。
夢の中で見るリンゴには視覚で確認することはできなくても、私たちは一定のリアリティーを感じます。
つまり、夢では頭の中のリンゴを現実のリンゴであると錯覚するのです。
同様の現象は現実でも起こり得ます。
暗闇の中で想像力が刺激されると、枯れた花や風に揺れる柳を幽霊に見間違えることもあります。
これも同様に頭の中の想像が現実と錯覚された一例です。

では脳はいったいどのようにして「頭の中の映像」と「現実世界の映像」を見分けているのでしょうか?
この疑問に対する鍵を握る仕組みが最新の研究によって明らかになりました。
神経科学の研究では、実際に目で見ている時と想像している時とで脳内に非常によく似た活動パターンが現れることが分かってきました。
同じ脳の回路が使われるにもかかわらず、通常は私たちが想像と現実を取り違えないのはなぜなのでしょうか。
この疑問は長らく明確な答えが出ていませんでした。
従来、一つの考え方として「脳は自分で作り出したイメージには“内部生成”だとわかるタグを付けて管理しているのではないか」という仮説もありました。
しかし、もし脳内で発生した信号にタグ付けだけで現実との混同を防いでいるのだとしたら、想像のイメージが知覚体験に与える影響はごく限定的にとどまるはずです。
ところが近年の研究から、想像した映像が現実の知覚に足し算的に影響しうることが示唆されていました。
つまり脳は想像の信号を完全には無視せず、場合によっては現実の知覚信号に上乗せしてしまうのです。
そこで今回の研究グループは、脳が想像と現実を見分ける仕組みを改めて検証するため、「想像+知覚」の信号強度を手がかりに現実を判断しているというモデルをテストしました。
このモデルは「現実しきい値モデル」と呼ばれ、想像による内部信号と実際の感覚信号が同じ脳内回路で統合され、その合計の強さ(=現実信号)が一定のしきい値を超えるかどうかで脳が現実か否かを判断するという仮説です。
もしこの仮説が正しければ、想像と現実の信号が混ざり合って曖昧になる場面でも、脳内の活動パターンを分析することで「現実信号」の存在と役割が確認できるはずです。
研究チームはこの予測を確かめるため、あえて被験者に想像と知覚を同時に行わせて両者の境界を曖昧にする実験を行いました。