日本だからこそできた研究

温泉に入るとき、湯船に白っぽい粉のようなものが浮いていたり、温泉の湯気で真っ白に固まった岩肌を目にすることがありますが、これらの白いかたまりの正体を知っていますか?
実は、これは温泉水に含まれているいろいろな成分が外に出てきて、岩や壁にくっついてできたもので、「湯の華」(ゆのはな)と呼ばれています。
温泉水には地下の岩石から溶け出したさまざまな成分が含まれており、それらが地上に出て温度が下がったり水が蒸発したりすると、水に溶けきれなくなった成分が固まり、湯の華として析出(せきしゅつ:液体から固体が出てくること)します。
湯の華には、炭酸カルシウム(貝殻や鍾乳洞などの主成分)や硫黄などいろいろな種類がありますが、特にシリカ(二酸化ケイ素:ガラスや石英の原料)を主成分としている湯の華は「珪華」(けいか)という特別な名前で呼ばれています。
この珪華は、ただの温泉の成分が固まったものというだけではなく、地球の過去の歴史を伝える特別な役割を持っています。
その秘密は、珪華が作られるプロセスにあります。
温泉水に含まれているシリカという成分は、お湯が熱いうちはよく溶けていますが、地上に出て冷えたり乾いたりすると、ゆっくりと析出して固まっていきます。
その際、温泉の周りに生きている植物や微生物、小さな昆虫などが近くにいると、シリカが固まるときにそれらの生き物を巻き込みながら少しずつ成長していきます。
こうして珪華の中に閉じ込められた生物は、そのまま石のように固まり、長い年月をかけて化石となって残ります。
実際に地球上では、この珪華によって数億年前の植物がはっきりとした形で化石として保存されている場所があります。
これらの化石は植物の細胞レベルまで綺麗に残っていて、まるで過去の生態系を閉じ込めた「天然のタイムカプセル」のような存在です。
今回の研究でも、現代に形成されている珪華の中から昆虫が取り込まれている様子が確認されており、珪華が生き物を記録する能力の高さが改めて明らかになりました。
ただし、これまでこうした珪華の保存能力を調べる研究の多くは、アメリカのイエローストーン国立公園など、巨大な温泉が噴き出す場所を中心に行われてきました。
イエローストーンでは「間欠泉(かんけつせん:定期的に熱水を噴き上げる温泉)」のような激しい地熱活動が起きています。
そのため、噴き上げられた熱水とシリカの影響で周囲の森は枯れ果て、生き物が住める環境は非常に限られてしまっています。
こうした環境で珪華の中に取り込まれる生物は、高温や厳しい環境でも生きられる微生物や一部の特殊な植物に限られてしまい、化石として残される生き物の種類が非常に少ないというのが従来の常識でした。
例えるならば、これまで研究されてきた珪華が残した地球の生命の記録は、「モノクロ写真」のように限られた情報しか伝えてこなかったのです。
では、もし温泉の周囲にもっと豊かな自然環境があれば、珪華はさらに多彩な生態系の姿を映し出す「カラー写真」のようなものになるのでしょうか?
温泉が湧き出す場所の環境が違えば、珪華が保存する生き物の種類も変わり、もっと豊かな情報が残せるかもしれません。
こうした疑問に挑んだのが、北海道大学の伊庭靖弘准教授らの研究チームでした。
研究チームが注目したのは、日本の温泉地です。
日本列島は、火山活動が盛んな「島弧(とうこ)環境」という場所に位置しており、全国各地に大小さまざまな温泉が湧き出しています。
特に日本では、激しい間欠泉ではなく、森の中にひっそりと点在するような小さな温泉が多数あります。
こうした温泉は、熱水が周囲の豊かな森林を破壊することなく、森と共存しながら穏やかに流れ出しています。
そのため、周囲の森林に生きるコケや樹木、小さな昆虫まで、多種多様な生き物を丸ごと珪華に取り込んで化石として保存してしまう可能性が高いのです。
そこで今回の研究では、日本の森林に点在するこうした小さな温泉がつくる珪華に注目し、「珪華が実際にどのように形成されているのか」、そして「そこにどのような生き物が取り込まれているのか」を詳しく調べることを目的として、これまでになかった初めての包括的な調査を行いました。