最強のバッターは『見極めの達人』?―選球眼を科学で解明する

最高の打者は、もしかしたら最高に「見逃し上手」な選手なのかもしれません。
野球といえば豪快なホームランや華麗なヒットが注目されますが、実はバットを振らずに球を見送るという一見地味な動作にも重要な価値があります。
プロの世界では、打者が投手の投げたボールを見極めて「ストライクゾーンを通るか」「ボールになるか」を瞬時に判断しなければなりません。
この「ストライクかボールか」を正しく判断する能力は専門用語で「選球眼(せんきゅうがん)」と呼ばれています。
選球眼が優れている打者は、難しい球を無理に打つことが減り、結果としてフォアボール(四球)で出塁できる可能性が高まります。
また、ストライクゾーンをしっかり見極めることで、自分にとって打ちやすいコースの球を選んで打つことが可能になるため、ヒットを打つ確率も上がると考えられてきました。
ところが、これまで選球眼という能力を科学的に定量化して正確に測定する方法は十分に確立されていませんでした。
言い換えると、選球眼の良し悪しは選手やコーチの「感覚」や「経験」によって判断されてきたのです。
また、どうすれば選球眼を鍛えられるのかというトレーニング方法についても、ほとんどわかっていませんでした。
なぜ、選球眼を科学的に評価することが難しかったのでしょうか?
その理由の一つは、野球というスポーツが非常に短い時間の中で判断と行動が求められる競技だからです。
たとえば、プロ野球のピッチャーが投げる速球は時速150キロメートル(約94マイル)にも達します。
これはピッチャーが球を投げてから、わずか0.44秒という短い時間で打者のいるホームベースに到達する速さです。
さらに打者はバットを振る動作に約0.18秒ほどかかるため、打つか打たないかの判断を下すために与えられる時間は、実質的にはたったの0.26秒しかありません。
一瞬の間にボールの軌道や速さを見極めるには、極めて高度な脳の処理能力(認知能力)が求められますが、従来の研究では、このわずか0.26秒の中で打者がどのように判断しているかを具体的に測る方法はありませんでした。
これまでにも、パソコン画面上でシンプルな反応速度を測ったり、動画で投球シーンを再生して打者に見せたりする方法が試されましたが、こうした簡単な実験と実際の試合での打撃成績との間には、明確な関連がなかなか見つかりませんでした。
そこで今回、日本の新潟医療福祉大学(NUHW)と大阪経済大学(OUE)の研究グループは、この選球眼という見えにくい能力を「VR技術(仮想現実の技術)」を使ってリアルに再現し、数値化するという新しい方法を考え出しました。
この研究では、実際に投手が投げた球を360度カメラで撮影してVRの中に投影し、実戦に近い状況を再現して、選手の選球眼を測定しています。
さらに研究者たちは、選球眼を支える脳の認知能力(実行機能と呼ばれ、状況に応じて考えたり判断したりする能力)についても詳しく調査しました。
果たして、打者が球を「振らずに見送る勇気」を発揮するためには、どんな能力が必要なのでしょうか?
また、それらの能力を科学的に明らかにすることは可能なのでしょうか?