アナロジー思考で「即効性」が得られる⁈
研究主任のジェイソン・モラン(Jason Moran)氏は今回の研究で、ごく単純な「アナロジー思考」が選手のパフォーマンスを向上させうることを発見しました。
アナロジー(類推)とは、2つの違う事柄のうちに類似点を見つける思考法で、たとえ話がその一例にあたります。
たとえ話を使えば、難しい専門用語や抽象的な説明でも、簡単な言葉や日常生活の出来事に置き換えることで、聞き手にスムーズにイメージを掴んでもらうことができます。
例えば、パソコンの「CPU(中央処理装置)」を「人体でいう大脳のような司令塔」と言い換えるとイメージしやすくなるでしょう。
モラン氏らは、このアナロジー思考がパフォーマンス向上への即効性があるかどうかを検証しました。
「俺はフェラーリ、俺はフェラーリ… 」
今回の実験では、イングランドのプロサッカークラブであるトッテナム・ホットスパーFCのアカデミーに所属する14〜15歳の育成選手20名を対象にしました。
彼らにはスプリントトレーニングに参加するという名目で、走る前に異なる指示を与えています。
その助言としては、具体的で詳細な体の動かしや使い方の他に、より漠然としたイメージを持たせるアナロジー的な助言を与えました。
例えば「足で地面を突き放せ(push the ground away)」といったもの。
それからより漠然とした「フェラーリのように加速しろ(accelerate like a Ferrari)」とか「空に飛び立つジェット機のように走れ(sprint as if you are a jet taking off into the sky ahead)」といった助言が与えられています。
各選手にはそれぞれの助言に従って、20メートルの短距離を走ってもらいました。
その結果、具体的な体の動かし方や使い方を助言した場合よりも、アナロジー的なたとえ話を受けた方が選手の走るスピードが上がることが分かったのです。
その効果は特に、自分がフェラーリやジェット機になった感覚で走るように助言された条件で最大化しており、助言を受けなかったときに比べて、走るスピードが平均3%も速くなっていたといいます。
なんの練習もなく、ただイメージをしただけでこれほど有意な効果が得られたのは驚くべきことです。
漠然としたイメージで潜在能力が引き出せる?
これについて研究者らは、たとえ話を使うことで、複雑で細かな指示が持つ効果を簡単な話し言葉の中に潜ませることができるのではないか、その結果として、選手が無意識にも正しい体の使い方を自然に学ぶことができるようになっているのではないかと考えます。
正確で安定したスプリント技術はもちろん、足の上げ方や腕の振り方、走っている最中の姿勢などを繰り返し練習し、時間をかけて身につけるべきものです。
しかし「即効性」を求めるという点では、細かな足や腕の動かし方にばかり注意を向けてしまうと、選手は逆に走り方がぎこちなくなり、スピードも落ちる可能性があります。
これは競技会や運動会の本番前には要注意でしょう。
ところが「フェラーリのように」とか「ジェット機のように」という漠然とした助言だと、選手の心の中により良い刺激的なイメージが湧いて、潜在能力を一時的にも発揮しやすくなるのかもしれません。
こうしたアドバイス方法についてモラン氏は「特に、経験不足のために集中力が不安定だったり、専門用語の理解に苦労しやすい若いアスリートにとって有益である」と述べました。
またこのコーチング技術は、プロサッカーのような高いレベルのスポーツでなくても、体育の授業やクラブ活動でも十分に応用できると同氏は指摘します。
運動会の当日でもう練習する時間がないときや競技前に緊張している子供たちには、細かなアドバイスよりも「チーターのように駆け抜けろ!」といった方が、今持てる最大限の力を引き出してあげられるかもしれません。