『見る力』と『頭の速さ』が打者を決める?VRが明かす新事実

「選球眼は大事だ」と言っても、実際にどんな能力を持つ選手が選球眼が良いのかを具体的に示した研究は、これまでほとんどありませんでした。
そこで今回の研究チームは、野球選手がボールを見極める能力を、VR(バーチャルリアリティ)という最新の技術を使って客観的に測定する方法を考え出しました。
研究対象となったのは、日本の北信越地区大学野球連盟1部リーグでプレーする男子大学生の野球選手14人です。
彼らにはVRヘッドセットを装着してもらい、実際の投手が投げた80球の投球映像を360度カメラで撮影したものを見せました。
選手たちは、そのリアルなVR空間の中で「ストライクかボールか」を瞬時に判断しなければなりませんでした。
研究者は、これら80球の判定がどの程度正確に行われたか(正答率)を測定しました。
また、選球眼に関連すると考えられるもう一つの能力として、選手たちの「空間的な認知能力」も同時に調べました。
これは専門的には「空間ストループ課題」と呼ばれるテストで、画面上に現れる矢印がどの方向を指しているのかを素早く答えるというものです。
ただし、このテストはちょっと意地悪で、矢印が表示される位置と指す方向が一致していないケースがあり、頭の中で素早く「混乱」を解消する能力(脳の処理速度や柔軟性)を測ることが狙いです。
この実験がなぜ重要かというと、打者は実際の打席で投球を見極めるときも、素早く正確に情報を処理する力が求められるからです。
さらに、選手たちが過去3年間(2020年秋季~2023年秋季)の公式試合でどのような成績を出していたのか、という実際のデータも集められました。
このデータには、打率(ヒットを打つ割合)や出塁率(ヒットやフォアボールなどで塁に出る割合)、四球率(フォアボールを選ぶ割合)などの重要な打撃成績が含まれています。
研究者はこれらのデータとVR課題・空間ストループ課題の結果を統計的に分析し、どのような関連があるのかを調べました。
結果は非常に興味深いものでした。
まず、VR課題でボールとストライクを正しく判定できた選手ほど、実際の試合での出塁率(r=0.57)や四球率(r=0.82)が高い傾向にあることが分かりました。
特に、四球率との相関は非常に強く、選球能力が高い選手ほどフォアボールを多く選び、出塁することが多いという明確な関連が数字で示されました。
また、もう一つの課題である空間ストループ課題の結果も重要な示唆を与えました。
この課題で反応が速かった選手ほど、VR課題でストライクを正しく判定する精度が高く、負の相関(r=-0.67)が確認されました。
つまり、素早く混乱を解消して判断するという脳の能力が高い選手ほど、実際の打席でも冷静にボールを見極める力が高い可能性が示唆されました。
では、この「選球眼」と「脳の処理能力」、この2つは打撃成績にどのように関わっているのでしょうか?
研究者は統計学の手法を用いて、この2つの能力が選手の成績にどのように影響しているのかを詳しく分析しました。
その結果、選球能力と空間的な認知能力は、どちらかがもう一方を通じて影響しているわけではなく、それぞれが独立して、特に四球率に対して成績と関連していることが分かりました。
分かりやすく言えば、野球選手の打撃成績というのは、「ボールを正確に見る力(選球能力)」と「脳の素早い情報処理能力」という2つの異なる能力が、それぞれ別々に貢献しているということです。
この結果は重要で、単に目が良いだけでも、頭が切れるだけでもなく、その両方が高いレベルで備わっていることが、より良い打撃パフォーマンスにつながっていることを示唆しています。
つまり、打者の優秀さというものは、まさに「目」と「脳」という2つの異なる「ギア(歯車)」が組み合わさって生まれている可能性があるのです。