静かな湖から流れ出した「見えない死の空気」
ニオス湖は、カメルーン北西部にある長さ約1.9キロ、深さ約200メートルの火口湖です。
普段は青く美しい湖として知られていましたが、1986年8月21日の夜、その湖は突然、周囲の村々を巻き込む大災害を引き起こしました。
午後9時から10時ごろ、湖の近くにいた住民たちは、奇妙な地鳴りのような音を聞きました。
湖に近い場所では、水が泡立つような音が聞こえたとも言われています。
その後、湖から白い煙のようなものが立ち上り、北の方向へ流れていきました。

しかしそれは普通の煙ではありませんでした。
正体は、湖の地底から一気に放出された大量の二酸化炭素です。
二酸化炭素は空気より重いため、上空へすぐに散っていくのではなく、地面を這うように谷へ流れ込みました。
まるで目に見えない空気の毛布が、低地の村々を覆っていくような状態です。
近くの村々に住む多くの住民は眠っている間に、あるいは異変に気づく間もなく意識を失い、そのまま窒息しました。
二酸化炭素そのものは、強い毒性を持つガスではありません。
私たちも呼吸によって二酸化炭素を吐き出しています。
しかし高濃度になると、空気中の酸素を押しのけてしまいます。
そのため、周囲が二酸化炭素で満たされると、人や動物は酸素を取り込めなくなり、意識を失ってしまうのです。
このときのガス雲は、谷やくぼ地にたまりやすく、高い場所にいた人ほど助かりやすかったと考えられています。
実際、生存者の多くは高地に住んでいた人々でした。
彼らは6時間から36時間ほど昏睡状態に陥り、目を覚ましたときには、家族や村の人々、家畜が一斉に倒れている光景を目にしました。
救助隊が現地に入ったのは、災害発生から約36時間後でした。
カメルーン軍の支援を受けた救助隊は、防護装備と酸素ボンベを身につけて村に入りましたが、被害はあまりにも大きく、犠牲者を一人ずつ葬ることはできませんでした。
そのため、集団墓地が掘られることになりました。
また、普段は鮮やかな青色だった湖の水は、噴出後に赤褐色へ変わっていました。
これは、湖底の深い水が一気に表面へ上がり、そこに含まれていた鉄分が空気に触れて酸化したためと考えられています。
つまり、湖の色の変化そのものが、湖底で起きた大規模な水のかき混ぜを物語っていたのです。





























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