受粉の3割強は「ガ」が担っていた
今回、研究チームが調査対象とした植物は、「ムラサキツメクサ(学名:Trifolium pratense)」というシャジクソウ属(Clover)の一種です。
ムラサキツメクサの受粉については、過去1世紀にわたり、「ハチのみが主要な受粉媒介者である」と評価されてきました。
オーフス大学の生態学者で、本研究主任のジェイミー・アリソン(Jamie Alison)氏は「ムラサキツメクサは、家畜の飼料となる貴重な農業植物であり、多くの調査を受けてきましたが、ガの受粉の可能性について言及したものは一つもない」と話します。
また、アリソン氏と同僚たちも事前に「ガが受粉を媒介している」とは予想しておらず、今回の発見は、温暖化に対する植物と昆虫の対応を調べる中で、偶然に発見されたことでした。
チームは、ムラサキツメクサへの受粉媒介者の訪花を追跡するべく、スイスアルプスの高地に15台のタイムラプスカメラを設置しました。
タイムラプスカメラは、設定した時間間隔で断続的に撮影をおこない、それらの画像を自動的につなげた動画として保存でき、毎日足を運ぶのが難しい場所をモニタリングするのにとても有効です。
今回は、2021年6月から8月にかけて、高地に自生するアカツメクサの花36本を対象に監視・撮影しました。
15台のカメラは、うち9台が昼間と夜間に定期的な撮影を行い、6台は5分ごとに絶えず撮影を行うよう設定してあります。
追跡期間の終了後、チームはアカツメクサの写真、計16万4000枚以上を分析し、そのうち44枚に受粉媒介者の昆虫の訪花を特定しました。
その結果、全体の61%は昼間に訪花したマルハナバチである一方、34%は夜間〜早朝にかけて訪花したヤガ(学名:Noctua pronuba)と判明したのです。
残りの5%は、チョウとスズメバチ、または他種のハチでした。
さらに、アカツメクサの花からどれだけの種子ができるかを調べたところ、夜間に訪花したガが多いほど、種子の生産量も増加することがわかったのです。
これは「今まで、アカツメクサの受粉におけるガの大きな役割を専門家が見落としていたことを示す」とアリソン氏は話します。
また、東京大学の生態・環境学者で、本研究には参加していない船本大智氏は、こう指摘します。
「夜行性のガが受粉媒介者として果たす役割は、これまでほとんど無視されてきました。
しかし、今後の研究によって、昼行性の昆虫に依存していると考えられている多くの植物種が、実は、ガに受粉の多くを頼っていることが明らかになるでしょう」
アリソン氏と研究チームは現在、ヨーロッパの異なる場所で同様の追跡調査をしており、他地域でもガが植物の受粉に関与しているかを調べています。
加えて、カメラに人工知能を搭載することで、訪花した昆虫の種類をすばやく識別できるようなシステムを構築したいと考えているようです。
ガについては、多くの人が夜光に群がる害虫のようなイメージを持っているでしょうが、植物にとってはハチやチョウと同じく重要な存在なのかもしれません。
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