あらゆる論文を分析して笑いが存在する理由を解明する
これまでの研究により、私たちを笑わせるものとは何なのかを説明するために、数多く(20個以上)の理論が構築されてきました。
これらユーモアの理論では「驚き」「常識からの逸脱」「他人に対する優越感(嘲笑)」「解釈の不一致」「無害さ」の5要素が、人間を笑わせる要因であることが示されています。
たとえばコメディーで「他人の顔にパイをぶつけるシーン」においては視聴者をビックリさせる「驚き」と食べ物を顔に当てるという「常識からの逸脱」、そして基本的に視聴者にとって「無害」であるという3つの要素が含まれています。
(※パイの代りにナイフを使う場合には、視聴者に脅威を与えるため「無害」の要素が失われ、笑えなくなってしまいます)
また上の図のように、あきらかに致命傷にもかかわらず無事であるように記述する「解釈の不一致」もまた、笑いの重要な要素になりえます。
(※マンガ風の画像ではなく、実際の頭部を撃ち抜かれた人間の写真では「無害」さが失われるため笑えなくなります)
しかし笑いを構成する材料が判明しても、笑いが発生する理由については解明が進んでいませんでした。
そこで今回シエナ大学の研究者は、過去10年間に出版されたあらゆる笑いとユーモアにかんする学術論文を分析し、人間が笑う条件やその理由を解明することにしました。
結果、笑いが発生する根本には「不調和とその解決」というテーマに沿った3つのプロセスが必要であることが判明しました。
プロセスの最初にはまず「奇妙さ」「違和感」など不調和を誘発する状況が必要とされます。
第2に不調和な状況が引き起こした心配やストレスが解決され。
第3に実際に笑い声が発生し、安全であることが周囲に知らされます。
つまり、自然に発生する笑いの多くは「警戒解除信号」としての役割があったことになります。
この理論で「他人の顔にパイをぶつけるシーン」を解釈すると、顔に物をぶつけるという本来ならば重大な「不調和(驚き・逸脱)」であるはずの事件を、安全だと周囲に知らせるために人間は笑っていた、ということになります。
より簡単に言えば人間は「顔にパイがあたる」から笑うのではなく「顔に物があたっても心配ないことを周りに知らせるため」に笑うのです。
顔にパイがベチャ~っとなる瞬間が面白いのは確かであり、そこにユーモアが存在しないというわけではありません。
しかし状況証拠を集めると、どうやら人間は笑えるから笑うのではなく、状況に危険がないことを知らせる安全信号として笑いを発していたようなのです。
この理論に従うと、いくつかの笑いにかんする事実が上手く説明できます。
たとえば世界中のさまざまな人々の笑い声を調べた研究では、言語や文化が違っていても、全ての人間の笑い声は210ミリ秒ごとに繰り返される短い母音が基本となってることが示されています。
この共通性は「信号」として極めて重要です。
また人間の脳には笑いを検出して笑いを増幅する仕組みが存在しており、笑いの伝染を引き起こします。
この情報伝達を増幅させる仕組みは、笑による信号を、より効果的に周囲に拡散させることを可能にします。
そして、これまでの研究により、人類以外にも類人猿・犬・ネズミにおいても、笑い声に似た音を出すことが知られています。
この事実は、人間のように「常識からの逸脱」や「解釈の不一致」を文脈から判断できる高度な認知力を持たない動物であっても、笑いが信号として機能している可能性を示します。
鳥たちの鳴き声のなかには、ヘビやタカなどの捕食者の危険を知らせる警報の役割をする声がありますが、笑いにはその逆の、警報解除の効果があるようです。
では、私たちの「笑い」の全ては信号に過ぎないのでしょうか?
研究者は、必ずしもそうではなく、笑いには多様な生理的機能も含まれていると述べています。