ノーベル生理学・医学賞を受賞したペーボ氏が「スゴイ」理由を解説
古代人類のDNAを分析しようとする試みは、今から40年近く前、1980年代には既に行われるようになっていました。
ただ、この時代にはヒトゲノムプロジェクトは始まってすらいなく、現在のようにDNAを高速で解読する技術も存在しませんでした。
また初期の研究では骨や遺体から採取されたDNAは常に汚染に悩まされていました。
実際、過去にペーボ氏がエジプトのミイラのDNAを分析した際には、ペーボ氏自身のDNAが検出されたそうです。
そのため若き日のペーボ氏は研究を進めるなかで必然的に、DNAの汚染対策のプロフェッショナルになっていきました。
そして1990年代を経て2000年代になるとペーボ氏は飛躍的に進歩したDNA配列決定技術を取り入れ、DNA汚染の影響を克服できる手法の開発に成功します。
ペーボ氏は、この新たな手法をエジプトのミイラではなく、数万年前に生きていたとされる、ネアンデルタール人の骨に適応しました。
それまでの常識では、何万年も前の骨では、たとえDNAが含まれていたとしても劣化が進んでボロボロになっており、解読など不可能だと考えられていました。
しかしペーボ氏らはミトコンドリアDNAから解読を開始し、最終的に30億塩基対からなるネアンデルタール人の核ゲノム配列を決定することに成功します。
またこの遺伝子解析により、現在ヨーロッパやアジアに生きている私たち現生人類の遺伝子には1~4%程度のネアンデルタール人の遺伝子が含まれていることが判明しました。
アフリカで誕生した私たちホモ・サピエンスはアフリカを出て世界に広がる際に、既に中東に住んでいたネアンデルタール人との間で交配を起こしていたのです。
また遺伝学的な解析を行ったところ、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交配した時期は、今からおよそ7万年前であることも明らかになりました。
さらにペーボ氏らの開発した技術を利用した別の研究では、南シベリアの洞窟で発見された4万年前の指の骨のDNAを解析したところ、その骨がホモ・サピエンスのものでもネアンデルタール人のものでもないことが判明しました。
この新たな種族は洞窟の名前をとってデニソワ人と命名されます。
ですがより大きな驚きは別にありました。
デニソワ人のDNAを現生人類のDNAと比較したところ、東アジアや東南アジアの島々に住む現生人類には最大で6%ものデニソワ人の遺伝子が含まれていることが判明したのです。
つまりアフリカから出て中東でネアンデルタール人と交配した人類のうちアジア方面に進出した者たちは、さらにデニソワ人との交配を起こしていたことになります。
(※日本人もネアンデルタール人とデニソワ人の混合遺伝子を持っていると考えられます。また最新の研究では加えて、アフリカに留まった人類の一部も、未知の種族Xの遺伝子をもっている可能性が示唆されています)
ペーボ氏らの開発したDNAの汚染を克服する方法は「人類とは何か?」「人類はどこから来たのか?」という究極の問いかけに、遺伝学的な答えを提供するものと言えるでしょう。
しかしそうなると気になるのが、現生人類の中にあるネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子が何をしているかです。
最新の研究では、主にネアンデルタール人の遺伝子が新型コロナウイルスの重症度などにかかわる免疫機構に関連する可能性が示唆されています。
https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/70430
また別の研究では、ネアンデルタール人の遺伝子を持つ人では、鎮痛薬として知られるイブプロフェンなどの効き目が弱くなる傾向があることが示されています。
またデニソワ人の遺伝子はチベット高原など標高が高い地域に住む人々に、高地適応を促す仕組みがあることも判明しました。
ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子は現生人類には僅かしか含まれていませんが、医学的な影響度は大きいと言えるでしょう。
では逆に、ネアンデルタール人やデニソワ人にはなく、ホモ・サピエンスだけが持つ固有の遺伝子はあるのでしょうか?