白血病だった13歳の少女が遺伝子治療で寛解を達成!
「アリッサ」が急性の白血病(急性リンパ芽球白血病)と診断されたのは、2021年のことでした。
急性リンパ芽球白血病は子供で最も一般的な白血病として知られており、免疫を担うはずのT細胞やB細胞といった免疫細胞が「がん化」してしまう恐ろしい病気です。
治療にあたっては、がん細胞を殺すための「化学療法」と、免疫細胞を他人のものと入れ替える「骨髄移植」をはじめさまざまな方法が試みられました。
しかし残念なことに、アリッサの白血病には化学療法も骨髄移植も効果がなく、既存の遺伝子治療法も助けにはなりませんでした。
既存の遺伝子治療法は遺伝編集された改造T細胞を使って、がん化したB細胞を殺す、というものです。
しかしアリッサの白血病はT細胞ががん化してしまうT細胞性のものであり、遺伝子治療を行うにしても、T細胞を使ってT細胞を殺すしかありません。
ですがこの方法はより困難でした。
がん化したB細胞を殺すために改造されたT細胞は、B細胞がターゲットであるため、増殖過程で改造T細胞同士が共存することが可能です。
ですがT細胞を殺す改造T細胞を増殖させよとすると、ターゲットが同じT細胞であるため、増えたそばから、お互いを殺し合ってしまい治療に必要な量まで増殖させることができません。
そのためアリッサも「結局のところ、私は死ぬと思っていた」と述べています。
病院側も、画期的な治療法が開発されない限り「アリッサに残された唯一の処置は苦痛を緩和させるためのケアだけだった」と発表しました。
(※がんの終末期では7割の患者が痛みを感じ、そのうち8割が激痛であると述べています)
そこで今回、グレートオーモンドストリート病院の研究者たちはアリッサに対して、実験的な治療法の提案を行いました。
新たな治療法では「ベース編集」と呼ばれる技術を用いることで、殺し合いをしてしまうT細胞たちの問題を解決することに成功しています。
ベース編集は既存の遺伝編集法(CRISPR/Cas9)を改良したものでありDNAの特定の部位にある「1塩基」のみの正確な書き換えが可能となっています。
既存の遺伝編集法(CRISPR/Cas9)がDNAをハサミで切って間に何かを挟むことで遺伝子を書き換える方法とするなら、ベース編集はDNAを斬らずに極細の消しゴムで狙った場所の遺伝暗号の1文字(1塩基)を消して、別物に書き換える方法と言えるでしょう。
(※たとえばベース編集ではC‐GをT‐Aに書き換えるなど、遺伝暗号のベースとなる文字の直接的な編集が可能になります)
遺伝暗号は非常に繊細な構造をしており、たった1文字の書き換えでも細胞の仕組みを大きく変えることが可能です。
また既存の遺伝編集法(CRISPR/Cas9)には狙っていない場所の遺伝子も書き換えてしまうオフターゲット効果と呼ばれる問題がありましたが、ベース編集は正確に狙った場所だけを改変することが可能です。
研究者たちはこのベース編集技術を用いて、改造T細胞同士の殺し合いを防ぐことを目指しました。
研究ではまず、健康な人間から取り出されたT細胞に対して最初のベース編集を行い、T細胞が他のT細胞を認識するときに使うターゲティングシステムを破壊しました。
2つ目の操作では、ターゲティングシステムが他のT細胞を認識するときに使うT細胞表面の部位「CD7」の除去が行われました。
1つ目と2つ目の改変により、改造T細胞たちは、他のT細胞の認識に必要なターゲットシステムとターゲット部位の両方を失い、殺し合いを起こさずに増やすことが可能になります。
3つ目の編集は、同時並行で行われる予定の化学療法によって、改造T細胞が殺されるのを防ぐステルス機能を付加することでした。
そして最後に、改造T細胞に対してCD7を持つ、がん化したT細胞を含む全てのT細胞を破壊する指令が与えられました。
(※CD7は白血病細胞の大部分に存在することが知られています)
もし改造T細胞が上手くアリッサの体内で働けば、アリッサの体内からがん化したT細胞を全て排除することが可能になります。
ただ改造T細胞はがん化したT細胞以外にもCD7を持つ全てのT細胞を殺してしまうため、アリッサの免疫力は再び骨髄移植が行われるまでの間、大幅に低下してしまうため危険性もありました。
また動物実験での安全性は確認していたものの、人間に対しては予測できない副作用が起こる可能性もあります。
もし免疫システムに致命的な副反応が起これば、命が危険になるでしょう。
しかしアリッサは治療を受けることを決断します。
ですがその動機は自分の命を伸ばすだけではありませんでした。