元気なオスがいるのに、なぜメスだけで繁殖⁈
シカゴ・フィールド自然史博物館(Field Museum of Natural History)の生物学者で、本研究主任のケビン・フェルドハイム(Kevin Feldheim)氏は「サメで単為生殖が起こることは数年前から知られていました」と話します。
たとえば、オーストラリアの水族館では2016年に、同じトラフザメのメスが単為生殖で3匹の子どもを孵化させたことが報告されています。
このメスは何年間もオスと隔離された状態で飼育されていました。
確かに驚くべきことではありますが、身近にオスがいないのなら自力で繁殖するより他に仕方ありません。
生物の最終目的が”子孫繁栄”であることを踏まえると、理解はできるでしょう。
しかし、今回報告されたケースはそれと事情が違います。
すぐ側に元気なオスがいたにもかかわらず、メスだけで子どもを残したのです。
トラフザメは絶滅危惧種に指定されているため、研究者も注意深くその生態を調査し、保護活動を進めてきました。
シェッド水族館では、床から天井まである巨大な水槽スペースで、トラフザメを含む様々なサメを飼育しているという。
同館のリーズ・ワトソン(Lise Watson)氏は「2004年にトラフザメの繁殖が成功し始めたので、どのサメが子どもの親であるかを確認するための遺伝子検査を開始しました」と話します。
2008年、ワトソン氏らは水槽内にトラフザメの卵の塊があるのに気づき、安全に孵化させるため別の小さな水槽に移動させました。
そして、新たに誕生した子ザメのDNAを解析したところ、予想外の結果が判明します。
なんと、子ザメは元の水槽内にいたどのオスのDNAも受け継いでおらず、ただ卵を産んだメスとだけ合致したのです。
「有性生殖による繁殖を推し進めてきた私たちにとって、子ザメが単為生殖で誕生したことは実に驚くべきことでした」とワトソン氏は話します。
これは絶滅危惧種のトラフザメにおいては、懸念すべき問題となるでしょう。
というのも、オスなしの単為生殖で生まれた子どもは、遺伝的多様性に乏しく、寿命が短くなったり、基本的な健康レベルが低かったり、病気にかかりやすくなるからです。
現に、シェッド水族館で生まれた子ザメはその後、数カ月間しか生きられなかったといいます。
フェルドハイム氏は「健康な交尾相手がいるにもかかわらず、サメが単為生殖をした例は、私たちの知る限りではおそらく過去に1例しかない」と述べています。
よって、元気なオスがいながらメスが単為生殖をした理由は、まだ検討がつきません。
水槽内の飼育環境がそうさせたのか、あるいは野生でも起こっていることなのか。
これは絶滅危惧のトラフザメを保護する上で、無視できない問題です。
今回の発見は、単為生殖が生じる背景について理解を深め、トラフザメの保護と繁殖を今以上に推進するための重要な出発点となるでしょう。