痛みで七転八倒すると苦痛が和らぐように感じる仕組みが解明!
誰でも一度は「痛みで転げ回った」という経験をしたことがあるでしょう。
マンガのようにゴロゴロと派手に体を回転させることはなくとも、痛む場所を抑えて身体を捩ったりした経験はあるはずです。
これは、私たちには激しい痛みを感じたときに体や筋肉を積極的に動かして、少しでも痛みを紛らわせようとする本能があるからです。
医学の分野でも運動と痛みの関係は利用されており、通常の鎮痛薬が効かない人でも、脳内の体の動きを司る運動野を電気や磁気で刺激すると、痛みが大きく緩和されることが知られています。
同様の運動による痛みの緩和はマウスにもみられることが知られており、幅広い動物種で共通の仕組みが存在していることが示唆されます。
しかし経験的にも医学的にも有効であることがわかっていても、脳内でどのように運動が痛みの緩和へと変換されるのか、その根本的な仕組みは不明のままでした。
そこで今回、ハイデルベルグ大学の研究者たちは長年の謎を解明すべく、マウスを用いた実験を行うことにしました。
調査にあたってはまず、後ろ足の一部を切ったり足裏を低温に晒すなどしてマウスに痛みを与えます。そして脳の運動野を刺激したところ、マウスは痛みが緩和されていることが確認されました。
次に研究者たちは、ウイルスや化学物質などを用いてマウス脳のさまざまな領域や回路を破壊し、どの部分が破壊されると運動による痛みの緩和が起こらなくなるかを1つ1つ調べていきました。
結果、運動による痛みの緩和にはマウス脳の運動野から伸びる2本の神経回路が重要な役割を果たしていることが判明します。
特定された1本目は、運動野の深い部分(第5層)から脊髄を介して痛みの知覚に影響を与える神経回路でした。
この回路が活性化するとマウスは痛みの感覚を過度に感じる過敏症が抑制されました。
人間でもマウスでも、傷口など痛みを感じる部位はわずかに刺激されただけでも、大きな痛みを感じるようになる「過敏化」が起こります。
1本目の神経回路を活性化させても痛みを完全に除去することはできませんでしたが、過敏化を抑えることに貢献できました。
また2本目は運動野の最下層(第6層)から感情を処理する領域を介して報酬系につながっている神経回路でした。
研究では、この2本目の回路を活性化した場合に、マウスが痛みを感じたときにみせる行動が減少しており、痛みそのものの緩和が起きている可能性が示されました。
研究者たちは、この回路は感情を処理する脳の深い領域で報酬系と間接的に結び付いており、ドーパミンの分泌パターンを変化させ、痛みにともなう負の感情を和らげている可能性があると述べています。
これらの結果は、運動による痛みの緩和は専門の神経回路を介して行われるものであり、単なる感覚の上書きや相殺とは違う現象であることを示唆しています。
(※より専門的には「運動野は痛みの感覚や痛みにともなう嫌悪感情を調整するための固有経路を持っている」と研究者たちは表現しています)
つまり、激しい痛みを感じて転げまわったり手足に力が入ってしまうのは、脳に元から備わった鎮痛効果を発揮するための、ある種の「儀式」のようなものだったのです。
研究者たちは同様の神経回路が人間にも存在している可能性があり、適切に活性化させる薬を開発することができれば、新たな鎮痛剤を開発できるようになると述べています。
また今回の研究結果を運動野を電気や磁気で刺激する治療法にフィードバックすることで、刺激する部位の絞り込みや最適化を行うこともことも可能になるでしょう
もし今度、足の小指をカドにぶつけたり足の攣り(つり)などの強烈な痛みを経験したら、静かに耐えるのではなく、積極的に悶えたり転げまわったりしてみるといいでしょう。
そうすれば運動野がより活性化され、より強い緩和効果を得られるかもしれません。