シカを食べ尽くした後、標的をラッコに変更
今回の調査地となったのは、アラスカ州ジュノーの西側およそ65キロにあるプレザント島(約52平方キロ)です。
この島は無人島であり、アラスカ本土からボートあるいは水上飛行機でアクセスできます。
これまでの研究で、プレザント島には2013年に初めてオオカミの一群が植民したことが分かっています。
研究者によると、これらの一群は本土から海を泳いで島にたどり着いたという。
それ以来、現地に生息していたシカの個体数が急激に減少し始め、ついにはその大部分が姿を消すまでになりました。
しかし問題はその後です。
普通、現地の獲物を根絶やしにしたオオカミは、食糧がないために共食いするか、飢え死にするかして個体数が減少していきます。
ところが、プレザント島のオオカミはシカがいなくなったにも関わらず、島に留まり続け、繁栄を続けていたのです。
エサが底を尽きた状態で、なぜオオカミは変わらず生活できるのか? この答えは彼らがシカ以外の食料を見つけたからと考えるのが妥当でしょう。
そこで研究チームは、現地のオオカミの食性がどう変わったかを調べるため、2015年から調査を開始。
まず、オオカミが本土と島の間で行き来しているかを確かめるべく、プレザント島の4頭とアラスカ本土の9頭のオオカミに首輪型のGPSを装着し、移動範囲を追跡しました。
その結果、オオカミたちは本土と島を行き来しておらず、島に住むコロニーはその内で安定して繁栄していることが判明します。
次に、プレザント島の海岸線に散乱していたオオカミの糞サンプル689個を収集し、中に含まれるDNAを解析することで、何を食べているかを調査。
すると2015年〜2020年にかけて、オオカミの食事に占めるシカの割合が75%から7%に激減していたのに対し、ラッコの割合が25%から57%に急増していたのです。
オオカミが浜辺に打ち上げられたラッコの死体を食べることがある、という事実は以前から報告されていました。
しかし、偶然打ち上げられたラッコを食べているだけでは、この急増の理由は説明がつきません。
そのため、さらなる現地調査を続けた結果、チームは驚いたことに陸生のオオカミが海で暮らすラッコを狩猟している事実を発見するのです。
彼らは陸上からラッコを見つけると静かに後をつけて、浅瀬で無防備な状態になったり、干潮時に岩場で休んでいるところを急襲していたのです。
また2021年に3回に分けて行なった30日間のフィールドワークの間には、少なくとも28匹のラッコがオオカミに殺された証拠が見つかっています。
研究主任の一人でADFGの野生動物学者であるグレッチェン・ロフラー(Gretchen Roffler)氏は、次のように話します。
「私たちが本当に驚いたのは、生きたラッコがオオカミの主食になっていたことでした。
浜辺に打ち上げられたラッコの死骸をオオカミが漁るのは何も珍しいことではありません。
しかし、これほど多くのラッコが捕食されている事実は、オオカミが短い期間にラッコの狩りを習得し、その方法を群れ全体に広く浸透させたことを意味します」
加えて、オオカミがラッコを食べているのはプレザント島だけではありませんでした。
チームは本調査の中で、本土のオオカミもラッコを大量に消費している証拠を見つけており、しかもその行動は増加傾向にあったのです。
これについて、OSUの生物学者であるタール・レヴィ(Taal Levi)氏は「温暖化により氷河が溶けるにつれて、ラッコが海岸線の空き地を利用するようになっており、それがオオカミとの接触機会を増やしていると見られる」と説明します。
オオカミがこれほど柔軟に獲物を変化させ、新しい狩猟方法を獲得していることは驚くべき事実です。
ラッコはすでに絶滅危惧種に指定されているため、この状況が続けば、種の存続がさらに危ぶまれるでしょう。