マウスの持久力を大幅に上げる「スタミナ増強剤」を発見
マウスに対してさまざまな薬剤を投与し、筋力やスタミナなどの増強効果を調べる研究は古くから行われています。
しかしこの方法は増強効果がある薬物を網羅的に発見できるという強みがありますが、薬物がどんな仕組みで増強効果を発揮させているのかはわかりません。
ミトコンドリア超複合体が筋肉にプラスの効果を与える様子を確かめるにはミトコンドリア複合体の数が増えていることを実際に可視化(見える化)して調べることが重要になっています。
そこで今回、東京都健康長寿医療センター研究所の研究者たちは、上の図のように、ミトコンドリア超複合体を構成する複合体Ⅰと複合体Ⅳにそれぞれ緑色と赤色の蛍光タンパク質を連結したマウス由来の筋肉細胞を作成しました。
この細胞では、複合体Ⅰと複合体Ⅳが距離的に離れている場合にはそれぞれ単色で光るだけです。
(※緑色で蛍光刺激すると複合体Ⅰの場所だけが緑色に輝き、赤色で蛍光刺激すると複合体Ⅳの場所だけが赤色に輝きます)
しかしミトコンドリア超複合体が形成され複合体Ⅰと複合体Ⅳが接近すると、緑色と赤色のタンパク質の間でエネルギーの移行が起こり、緑色で蛍光刺激すると赤色が光るようになります。
つまり緑色の蛍光刺激で赤色に光っている場所を数えれば、ミトコンドリア超複合体ができている位置を特定(見える化)できるのです。
ミトコンドリア超複合体を見える化する準備が整うと、次に研究者たちは、マウスたちの筋肉細胞に1000種類以上のさまざまな薬物を加えて、ミトコンドリア超複合体が実際に増えているかを調べました。
すると、リン酸化酵素の1種であるSYK阻害剤(脾臓チロシンキナーゼ)と呼ばれる薬剤を加えたときに、ミトコンドリア超複合体が有意に増加していることが判明。
また似た効果のある他の2種類の薬物を筋肉細胞に与えた場合にも、同様に細胞内でミトコンドリア複合体が増加していることが明らかになりました。
しかし細胞レベルでの変化が実際の体でも起こるとは限りません。
そこで研究者たちは3種類のSYK阻害剤を生後2か月のマウスの腹腔に注射してみることにしました。
すると、薬物を投与されたマウスたちは「ワイヤーハングテスト(ぶら下がりテスト)」や「トレッドミルテスト(走行テスト)」の成績が大きく伸びていることが判明します。
この結果は、薬物の投与(SYK阻害)によって筋肉細胞内部でミトコンドリア超複合体が増えたことで、筋肉の持久力が向上している(マラソンランナー型にする)ことを示します。
また薬物を投与されたマウスたちの全身の筋肉量を調べたところ、筋肉の総量が増えていないことが判明しました。
このことは、SYK阻害剤による持久力の向上は筋肉の量的な向上ではなく、質的な向上によってもたらされていることを示します。
もし人間でも同じような薬物で筋肉機能を向上させることができれば、加齢にともなう筋力の低下や筋疾患などの治療薬として応用することが可能になり、国民全体の健康寿命の延長や生活の質(QOL)の向上にも役立つでしょう。