コロナ禍に対する「回顧バイアス」はどう生じていた?
研究チームは、世間が「新型コロナウイルス」を認知した直後の2020年1月以来、パンデミック下での社会心理についてパネル調査を続けてきました。
パネル調査とは、同じ人々に定期的に同じ質問をし、その回答の時間的な変化を分析するもので、いわばスナップショットを撮るようなものです。
チームは2021年1月に、それまでのデータ(2020年1月〜3月)をまとめた論文を学術雑誌に投稿しましたが、そのときに受けた審査コメントが今回の本格的な調査を始めるきっかけになったといいます。
そこには「感染者がほとんどおらず、まだ状況が深刻でなかった当時のデータを分析して、感染禍の社会心理の何がわかるのか」と書かれていたそうです。
チームは、このコメントこそ「今では大きな脅威となっている新型コロナだが、流行当初は大したことがなかった」という回顧バイアスのあらわれではないかと考えました。
つまり、現在の視点から過去の出来事を歪曲している可能性があるのです。
そこで本研究では、人々がコロナパンデミックについて、これと同じような回顧バイアスを持っているのかを調べることに。
調査ではまず、2021年1月に行ったパネル調査に、2020年1月当時の心理状況を回顧することを求める次の質問をしました。
・昨年(2020年)1月頃のあなたは、新型コロナウイルスの流行にどの程度関心がありましたか。(1全く関心がない~7非常に関心がある)
・昨年(2020年)1月頃のあなたは、新型コロナウイルスの感染についてどのように感じていましたか。(恐ろしさと未知性の2項目で、1全く感じない~7非常に感じる)
そして、同じ回答者たちが2020年1月に答えていた同じ質問への回答と比較しました。
分析には、2020年1月〜2021年1月までに実施した11回のパネル調査のすべてに回答した597名(日本人)のデータを使用。
その結果、コロナパンデミックについての社会心理は、あらゆる項目において2020年1月の時点ではかなり高い緊張状態にあったものの、1年後(2021年1月)には過小に回顧していることが判明したのです。
こちらは2020年1月(赤)と2021年1月(青)の回答を比較したグラフで、これを見ると人々は回顧によって「コロナの流行当初は大したことがなかった」と記憶を歪曲していることが伺えます。
私たちが回顧バイアスから逃れられないことは、これまでの多くの研究で示されています。
ただし、回顧バイアスの特徴は「どの出来事をどんなタイミングで思い出すか」で変わってくるので、今回示された傾向も、感染者数が急増していた頃に初期の流行時を思い出したからこその結果である可能性があります。
よって研究チームは「回顧バイアス全体に共通する特徴を見出すには、さらなる研究の蓄積が必要である」と注意を促しました。
それでも今回の結果は、パンデミックのような長期に継続し、かつ変化も大きい出来事について回顧的な評価や測定を行うのは、不適切で偏見に満ちた結論に至る危険性が高いことを示唆するものでしょう。
研究主任の山縣芽生(やまがた・めい)氏は、次のように述べています。
「人の記憶が容易に歪むことは一般的にもよく知られていますが、新型コロナ感染禍を長く経験した社会が次の段階へと移行しつつある今だからこそ改めて考えたい、重要な心理現象です。
新型コロナ感染禍での経験を無駄にしないためにも、”記憶”に頼りすぎず、”記録”しておくことは将来の感染禍で役に立つと考えられます。
記憶に頼ることでの歪みを最小限に抑える簡単は方法は、自分の記憶を一度疑ってみることです。
それだけでも、不適切な結論を防げるかもしれません」