ヒト属より先に「猿人」が石器作りを始めていた!
今回の石器は2016年に、ケニア南西部のヴィクトリア湖畔にあるニャヤンガ遺跡にて発見されたものです。
これまでに合計で330個ほどの石器の断片が回収されており、周囲からは動物の骨1776個が同時に見つかっています。
それら動物の骨には無数の傷跡が見られたことから、石器を使って屠殺し、食用にしていたことが分かりました。
研究チームは、発見された石器の形状から「オルドワン石器」であることを特定しています。
オルドワン石器とは、ヒト科動物の手で作られた最古の石器タイプの一つで、硬い石などで打撃を加えて鋭利な先端部を作る打製石器です。
年代測定の結果、これらの石器は約260万〜300万年前(最も可能性が高いのは約290万年前)のものと推定されました。
これ以前の最古のオルドワン石器は約260万年前のもので、ニャヤンガ遺跡から北東に約1300キロ離れたエチオピアの遺跡で出土しています。
一方で、オルドワン石器をのぞく史上最古の石器としては、2011年にケニア西部にある「ロメクウィ3遺跡」で約330万年前のもの(Nature, 2015)が見つかっています。
ただし、こちらは作りが非常に粗雑で、オルドワン石器ほど洗練されておらず、どれほど有用だったかも分かっていません。
それ以後につながるような高度な技術を用いた石器としては、いまだオルドワン石器が初めてです。
よって今回見つかったオルドワン石器は、実用性の高い石器としては現状の最古の発見例と思われます。
研究主任のリック・ポッツ(Rick Potts)氏も「オルドワン石器はライオンの歯より切れ味鋭く、ゾウの臼歯より物をよく砕くため、この道具の登場によって初めて、ヒト科の食生活は一気に多様化したでしょう」と述べています。
それを証明するようにニャヤンガ遺跡では、ウシ科やカバ科の肋骨、肩甲骨、脛の骨が無数に見つかりました。
これらの骨断片には深い切り傷がたくさん見られたことから、この石器を使って骨から肉を削ぎ落としたことが伺えます。
ちなみに、この時代はまだ火が発明(約180万〜80万年前の間)されていなかったので、削ぎ落とした肉は生のまま食べていたのでしょう。
さらに興味深いことに研究チームは、石器や動物の骨の中からヒト科動物の臼歯を発見しました。
分析の結果、この歯の持ち主はヒト属より以前から存在した猿人の一種「パラントロプス(Paranthropus)」であることが特定されています。
パラントロプスは約300万〜120万年前に東アフリカと南アフリカに生息していた猿人です。
ヒト科の祖先は600万年近く前に他の霊長類から派生し、猿人の多様化を経て、約200万年前にヒト属(ホモ〜と付く種)が出現します。
私たち現生人類(ホモ・サピエンス)が登場したのは、せいぜい20〜30万年前です。
見つかったパラントロプスの臼歯を詳しく調べたところ、動物の肉や植物性の食料を食べていたことが判明しました。
このことから、今回のオルドワン石器は私たちの直接祖先のヒト属ではなく、猿人であるパラントロプスが製作した可能性が浮上したのです。
これまでに確認されているオルドワン石器のほとんどはヒト属が作ったものですが、今回の発見は、食肉加工のための道具の製作を得意としたのがヒト属だけではなかったことを示唆しています。
ポッツ氏はこれを受け「石器を作ることができたのは現生人類の属するヒト属だけであるという説が長く続いてきましたが、本研究の成果により、この通説を再考する必要があるでしょう」と述べました。
また、330万年前の石器が見つかっているように、石器自体の製作はさらに昔に遡るのかもしれません。
研究者の間では現在、ヒト科動物の犬歯が小さくなった約500万年前から、その代わりを果たす簡単な石器の発明が始まったと推測されています。