求愛の方法を変えた原因は「ライバルの増加」にあった⁈
オーストラリア東海岸では1960年代に捕鯨が禁止されて以来、ザトウクジラの個体数が劇的に回復し始めました。
60年代には500頭以下だったのが、1997年には約3700頭に回復し、その後2015年までに約2万7000頭まで増えています。
そこで研究者らは1997年から、同海域のザトウクジラが急激な固体数の増加に対して、彼らの暮らしになにか変化がないか調査を開始。
幸運なことに、同域の個体群は海岸近くを遊泳するため、クイーンズランド州ペレジアン・ビーチ(Peregian Beach)の陸上に観測所を設置することができました(下の図を参照)。
チームは海岸線を移動するクジラの行動を追跡しながら、沖合に係留した音響装置でクジラの歌声を録音し、2015年までデータを収集し続けています。
チームは追跡調査の中で、ある傾向に気づきました。
ザトウクジラの個体数が増えるにつれて、オスは以前ほど求恋の歌を歌わなくなっていたのです。
そしてその代わりに、他のオスとメスをかけてケンカする割合が増えていました。
求愛歌を歌うオスの割合は、2003〜2004年には10頭に2頭だったのが、2014〜2015年には10頭に1頭まで減っています。
そして1997年〜2015年までのデータを総合的に分析した結果、繁殖を成功させるための方法が明らかに「歌」から「ケンカ」に転じていることが示されました。
1997年当時は、歌うオスの方が歌わないオスに比べて、メスと交尾できる確率が2倍高くなっています。
ところが2014〜2015年になると、歌わずに競争相手とケンカするオスの方が歌うオスに比べて、交尾確率が5倍になっていたのです。
それによって実際に子どもの出産数が上がっているかどうかは確認できませんでしたが、明らかにオスがメスとの交尾にこぎつけるための方法を変えていることが分かります。
なぜクジラたちは歌の求愛をやめ、戦いでメスを取り合うようになったのでしょうか?
これについて、研究主任のレベッカ・ダンロップ(Rebecca Dunlop)氏は「クジラの数が急増したことが原因でしょう」と指摘します。
「個体数が増えて競争率が激しくなった場合、オスが一番避けたいのは、その場所にメスがいることを周囲のライバルに知られることです。
もし高らかに愛を歌ってしまえば、周囲のライバルがメスの存在に気づき、メスを奪いにやってくるかもしれません。
そこで歌をやめることで他のライバルを引きつけにくくなり、意中のメスにアピールしやすくなると思われます」
しかし歌をやめるだけでは問題は解決しません。個体数が激増したことで、ライバルがあちこちにいるからです。
そこでオスたちはメスとの交尾権を獲得すべく、他の競争相手と戦って蹴落とす行動を始めたのでしょう。
ザトウクジラのケンカでは、主に体当たりや頭突きが用いられ、それによって身体にケガをする確率も高まります。
それでも歌を歌えば、どっちみちライバルが群がってきてしまうので、「それなら最初から拳で決着をつけよう」と考えているのかもしれません。
では、このまま個体数の増加が続くと、クジラの求愛歌の文化は失くなってしまうのでしょうか?
この懸念に対し、研究チームは「交尾の機会を増やすために行動を変えただけなので、歌が失われる心配はない」と話します。
実際、フィールドワークを行う研究者たちは今でもクジラの歌や鳴き声を頻繁に聴いているという。
ダンロップ氏は「クジラは複雑な社会を発達させた生き物であり、今回の発見は、彼らが周囲の社会的変化や圧力に驚くほど柔軟に対処できることを示すものです」と述べています。
とはいえ平和な愛の詩人たちが、拳で語り合う時代に移り変わるのは少し残念な気もします。
ザトウクジラの歌はこちらで聴くことができます。