気絶したように落下しながらパッと寝る!
チームは脳波活動を記録できるヘッドキャップを準備し、アニョ・ヌエボ保護区にいる野生のキタゾウアザラシのメス13頭に装着。
合計104回の潜水行動から脳波を記録し、潜水データのみから睡眠周期を特定できる高精度のアルゴリズムを開発しました。
そして2004年〜2019年にかけて、334頭の成熟個体から数カ月にわたる潜水データを集め、先のアルゴリズムを適用して睡眠習慣を明らかにしています。
その結果、キタゾウアザラシたちは「ドリフトダイブ」と呼ばれる、泳ぐのをやめてゆっくり沈む行動の合間に短い睡眠を取っていることが分かったのです。
記録によると、まず水深60〜100メートルまで潜水した後、リラックスモードに入りながらゆったりと潜り続け、「徐波睡眠」という深い睡眠段階に移ります。
その後、水深200メートルを越えたあたりから眠りの浅い「レム睡眠」に移行し、睡眠麻痺によって姿勢が維持できなくなると、逆さまにひっくり返った状態(お腹が上を向く)になっていました。
もはや傍目から見ると、死んでいるようにしか見えないでしょう。
そして、チームが「睡眠スパイラル(sleep spiral)」と呼ぶ、まるで落ち葉が落下するように螺旋を描きながら沈み続けます。
この深さまで来ると、サメやシャチなどの天敵もいないので安心して眠れるそうです。
こうして一回の潜水につき5〜10分ほど眠ると、目を覚まして水面まで浮上します。
結果、この一連の動作を何度か繰り返して、1日に平均2時間の睡眠を取っていました。
これは他の哺乳類と比べても世界最短級の睡眠時間です。
現時点で最も睡眠時間の短い哺乳類はアフリカゾウの2〜3時間と言われています。
さらに不思議なことに、キタゾウアザラシの睡眠習慣は、これまで知られている他の海洋哺乳類とはかなり違っていました。
研究主任の一人であるジェシカ・ケンダル=バー(Jessica Kendall-Bar)氏は「多くの海洋哺乳類は、一度に右脳か左脳のどちらか半分だけを休ませる」と指摘。
「イルカやアシカ、オットセイなどは、この半覚醒状態によって文字通り片目を開けたまま眠り、常に周囲を警戒できるのです」と説明します。
ところがキタゾウアザラシは、私たち人間と同じように脳全体を休ませてガッツリ睡眠を取っていたのです。
右脳も左脳も完全にシャットダウンすることで、周囲は警戒できず無防備になってしまいますが、短い時間でしっかり深い睡眠を取ることができます。
それが可能なのは、天敵のいない深さまで潜水しながら眠れるキタゾウアザラシの秘技のおかげでしょう。