ナマケモノは感染症に滅多にかからない
ナマケモノは、高温多湿なカリブ海沿岸のジャングルの樹冠の中で生活しています。
そのためか、ナマケモノの皮膚上は小さな虫や藻類、真菌や細菌などで賑わっており、微生物たちの楽園となっています。
またナマケモノは他の動物のように、寄ってきた虫をすばやく追い払うようなこともしませんから、虫や微生物にとっては都合のいい隠れ蓑です。
さらに、この微生物の一部には病気のリスクをもたらす種がいることも明らかになっています。
ところが不思議なことに、ナマケモノが病原菌による感染症にかかることはほとんどないのです。
現地のナマケモノ保護団体「スロス・サンクチュアリ(Sloth Sanctuary)」を運営するアメリカ人のジュディ・エイヴィー(Judy Avey)氏は、自身の経験を元にこう話します。
「私たちは普段、人間や動物との接触で傷ついたナマケモノを保護し、野生へ帰すための治療やリハビリをしていますが、病気にかかったナマケモノを受け入れたことはほとんどありません。
この30年間で感染症にかかったナマケモノを確認したのは5件くらいでしょう」
つまり、ナマケモノは皮膚上に群がる病原菌に対抗しうる何らかの機能を備えていると考えられるのです。
そこでコスタリカ大学のマックス・チャバリア(Max Chavarria)氏はエイヴィー氏らと協力して、ナマケモノの防御システムを調べることにしました。
「抗生物質を作り出す細菌」の存在を確認!
研究チームは、サンクチュアリで保護されている28頭のナマケモノから毛皮を採取し、実験室で分析しました。
毛皮サンプルはコスタリカに生息する野生のホフマンナマケモノ (学名:Choloepus hoffmanni) とノドチャミユビナマケモノ(学名:Bradypus variegatus)から採取しています。
そして分析の結果、どのサンプルにも共通する細菌が6属見つかり、特に病気と闘う分子を生産するブレビバクテリウム(Brevibacterium)とロシア菌(Rothia)が多く確認できました。
これらは一般的な哺乳類における病原菌の増殖を抑制する抗生物質を生産することが知られています。
さらにこの発見はまだ一部に過ぎず、人類が知らない抗生物質を生産する細菌が隠れている可能性があるそうです。
これを受けてチャバリア氏は「ナマケモノの毛皮には、潜在的な病原菌の増殖を制御したり、真菌などの他の競争相手を抑制できる抗生物質生産菌が存在すると考えられる」と述べました。
チームはこの研究を2020年から始めていますが、現在までにナマケモノの毛皮の微生物相の制御に関連している細菌の「候補」としてすでに約20種を特定しているとのことです。
ただし、これらの抗生物質がヒトに対しても有効かどうかはまだ分かりません。
「人体への応用を考える前にまず、どんな種類の分子が働いているのかを調べる必要がある」とチャバリア氏は話します。
ナマケモノからペニシリンのような大発見ができるか
1928年に世界最初の抗生物質である「ペニシリン」が発見されてもうすぐ100年が経とうとしています。
ペニシリンは当時、どんな薬でも対処できなかった肺炎や破傷風などの伝染病をいとも簡単に治療し、人々から「奇跡の薬」とまで呼ばれました。
しかし近年では、あらゆる抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」の世界的な拡大が懸念されています。
これは人間や家畜への過剰な抗生物質の使用が原因であり、微生物たちが抗生物質に耐性を持ち始めているのです。
世界保健機関(WHO)の発表では、スーパー耐性菌の感染症による年間死者数は、2050年までに世界で1000万人を超えると推定されています。
チャバリア氏は「私たちのプロジェクトは、こうした耐性菌にも効果のある新たな分子の発見につながると期待できる」と話します。
ナマケモノからペニシリンのような大発見ができる日もくるのかもしれません。