「谷山-志村予想」とはどんな理論なのか?
「すべての楕円曲線はモジュラーである」
前述の通り、これが谷山志村予想の内容です。
我々にはまったく意味不明な一文ですが、これは数学の異なる分野で研究されている「楕円曲線論」と「モジュラー形式」という問題が、実は同じ概念であるということを述べています。
ちょっと難しい言い回しをしましたが、これは「2つの分野それぞれに、まったく同じ答えを持つが問題が存在するはずだ」と言っています。
それがフェルマーの最終定理の証明とどう関係するのかは、後ほど説明するとして、ここでは「楕円曲線」と「モジュラー形式」が何なのかということをを簡単に説明します。
面倒な人はこのページは飛ばしてもいいでしょう。
ストイックな数学の問題「楕円曲線」とは?
楕円曲線とは、ある方程式の性質を調べる問題です。
紛らわしいですが、この「楕円曲線」には楕円も曲線もあまり関係ありません。
調べる対象となった方程式が、もともとは楕円や惑星軌道の長さを計算するものだったことが名前の由来ですが、現在はそういう枠は超えて、ただ「楕円曲線」と呼ばれる方程式の性質を調べるだけの学問になっています。
気になるかもしれないので、一応それがどんな式なのか例を示しましょう。
こんな中学の教科書でも見かけたような方程式が、楕円曲線の一例です。今回の解説を聞く上で、別にこの式について理解する必要はありません。
楕円曲線論はこの方程式のaやbにいろんな数字を当てはめて、そのとき方程式のxやyに整数解が得られるか、解はいくつ存在するか、という性質を調べます。
こうしたひたすら数の性質を調べるだけの、極めてストイックな数学の分野を「数論」と呼びます。
私たちには何が面白くて何の意味があるのかまるで理解できない「数論」ですが、研究している本人たちもそれには同意することが多いので気にする必要はないでしょう。数論はただのパズルだと思ってください。
そしてフェルマーの最終定理も「xn + yn = zn」という方程式の性質を調べる数論の問題です。
数論の問題は、その研究の第一人者だった紀元前の数学者ディオファントスにちなんで「ディオファントス問題」と呼ばれることがあります。
実はフェルマーはこのディオファントスの大ファンで、楕円曲線についても研究していました。
そしてアンドリュー・ワイルズも大学院生のとき、この楕円曲線を研究テーマに選んでいます。このことは後に重要な意味を持ってきます。
4次元の対称性「モジュラー形式」とは?
モジュラー形式というのは4次元空間で極めて高い対称性を持つパターンに関する問題です。
もうすでに意味わからんと思った人も多いかもしれませんが、順を追って聞いていけばそれほど難しい話ではありません。
数学の「対称」は、私たちが一般的に使う「対称」という言葉とは少し違う意味を持っています。
数学でいう「対称性」とは、「ある変換をしても変化が生じない性質」を意味します。
例えば監視カメラで、テーブルに置かれた食器を真上から監視しているとしましょう。
この中央の丸いお皿を、あなたが目を離した隙に誰かが回転させた場合、あなたはその事実に気づくことはできるでしょうか?
おそらく無理でしょう。なぜなら円は回転させても何も変化が起きないからです。けれどその横にあるフォークやナイフなら反対向きにされればすぐに気が付きます。
この場合数学では、円は回転という変換に対して極めて高い対称性を持つ、と表現されます。もしこれが正方形のお皿だったら、90度の回転に対しては対称性を持つことになります。
これが数学における対称性の意味です。そのため、回したりずらしたりしても形が変化しないような図形やパターンを作るというのが高い対称性の研究だと思えばいいでしょう。
さてそこでモジュラー形式ですが、モジュラーは上のお皿のようなX軸Y軸だけの二次平面ではなく、それぞれの軸が複素数(実数の軸と虚数の軸)になった4次元の軸上で議論されます。これを双極空間といいます。
つまりモジュラー形式とは、4次元空間でずらしたり回したりしても変化したことが分からないような模様を作る研究だと思えば良いでしょう。
ただ、そんな事を言われても4次元なんて人間の頭でイメージすることができないので、釈然としない人もいるでしょう。
そこで参考になるのが天才画家エッシャーの絵画「サークルリミットⅣ」です。
この絵画はモジュラーの理論を利用して双極空間の対称パターンを二次元で再現した絵だと言われています。
そのためここまでの説明で「何言ってんのかわかんない」と思った人は、モジュラーとは下の絵のような複雑な模様を考える研究だと思ってもらえばいいでしょう。
モジュラー形式のような高次元の図形に関する研究分野は「位相幾何学」と呼ばれます。
数学について何も知らない私たちでも、ここまでの説明を見ると数論と位相幾何学がまるで異なる問題だということは理解できるはずです。
ところが谷山志村予想は面白いことに、このまったく異なる「楕円曲線」と「モジュラー形式」が、同じ話をしていると言ったのです。
当然、多くの数学者が「そんなバカな…何を言っているんだ?」と思ったようです。
しかし、これは事実であり、そしてこの全く無関係に見える谷山志村予想の主張がフェルマーの最終定理を解決することになるのです。