脳と脊髄のコミュニケーションを取り戻す
オランダ人のヘルトヤン・オスカム(Gert-Jan Oskam)氏は今から11年前、自転車事故により脊髄を損傷して以来、下半身不随となっていました。
脊髄損傷は、脳と脊髄の間で交わされる神経信号のコミュニケーションが遮断されることで、両脚に麻痺を引き起こします。
オスカム氏は事故から約5年後に、麻痺患者の歩行の回復を目指す研究チームの臨床試験に参加しました。
当初は従来と同じ脊髄インプラントを受け、そこに電気パルスを送信し、脚の筋肉を刺激して歩行を促すという治療を受けています。
しかし再現された脚の動きは不自然で、オスカム氏も「他人に動かされている感じ」が拭えなかったそうです。
そこで研究チームは今回、脊髄インプラントに加え、脚の動きを制御する脳領域に「ブレイン・マシン・インタフェース(BCI)」を移植しました。
このBCIは搭載したAIアルゴリズムを用いて、脳の活動をリアルタイムで解読するものです。
まず、脳に設置された2つの電極アレイが、筋肉の動きを指示する感覚運動野の活動を記録します。
これらの信号は、小型バックパック内の携帯型デバイス(処理装置)に送られ、そこで脚を動かすための刺激パターンに変換された後、脊髄インプラントへと送信されます。
これにより、患者本人が望むような脚の動きを可能なかぎり実現することができます。
試験では、オスカム氏に両脚の関節運動のイメージをしてもらいながらAIの学習訓練を行いました。
その結果、股関節や膝関節、足首の動きなどをそれぞれ異なる活動パターンで区別でき、脳信号とオスカム氏の意図した動きを対応させられるようになっています。
次に「体重をかける」「膝を曲げる」「脚を前に出す」といった動作を司る筋肉をターゲットにした刺激パターンを作成し、バックパック内の携帯型デバイスにプログラム。
実際の使用時には、オスカム氏の思念を脳インプラントのAIが読み取り、入力された脳信号をそれに合致する動きの刺激パターンに変換し、脊髄インプラントに送ります。
そして歩行訓練の結果、オスカム氏はゆっくりではありますが、自分の意思によって再び歩けるようになったのです。
最初は平らな道で歩行の訓練を続け、少しずつ困難な地形や坂道に挑戦し、今では階段も登れるようになっています。
チームは、この脳と脊髄のコミュニケーションを橋渡しする新技術を「デジタルブリッジ(digital bridge)」と名付けました。
さらに訓練を続けたところ、もう一つ驚くべき現象がオスカム氏に起こったのです。