「既体験(デジャ・ヴェキュ)」を発症していた
研究者によると、これは一般に知られる「既視感(デジャ・ヴ)」とは別の「既体験(déjà-vécu:デジャ・ヴェキュ)」と呼ばれる現象だといいます。
既視感が一瞬の感覚であるのに対し、既体験は現在の持続する状況がすべて同じことの繰り返しに感じる奇妙な現象です。
新しく出会った人や物までが過去に経験したものとして認識されてしまいます。
さらに既体験を持つ人はしばしば、自分の身に起きる異常な認識を正当化するために、妄想や強迫観念に似た行動を取るようになります。
この男性を例に取ると、「自分が同じニュースを見ているのは誰かが同じ放送を繰り返しているからではないか」と考えクレームを入れるなどです。
こうした事実とは異なる虚偽の説明を付けることを、専門的に「回想における作話(Recollective Confabulation)」と呼びます。
研究者は「既体験は一般に、回想における作話の発症によって症状が複雑化する」と指摘します。
「妄想や強迫観念が悪化すると周囲や社会との葛藤が続き、家庭や仕事での要求を満たすことができず、抑うつ障害や精神病などの二次的な病気をもたらすこともあるのです」
既体験は非常に稀ですが、1896年に最初の症例が医学的に記載されて以来、何度も報告されています。
正確な原因はまだ分かっていませんが、これまでのところ、アルツハイマー病を含む神経変性疾患の患者によく散見されるという。
神経変性疾患とは、脳や脊髄の神経細胞が徐々に失われて、認知症や運動障害を発症する病気です。
男性は年齢的にも認知症の疑いがあるため、この点を調べてみました。
アルツハイマー病による合併症の可能性
脳スキャンの結果、男性は左側頭葉と前頭葉の活動が異常に低くなっていることが分かりました。
側頭葉は視覚や聴覚、言語の記憶に関与し、前頭葉は、生活をする上で必要な情報を整理し、行動を開始または抑制する機能を司ります。
さらに認知テストでは、記憶力や言語能力の機能低下が見られ、2つの別々の話を1つの話であるかのように混同する傾向がありました。
また脳と脊髄を包んでいる脳脊髄液(CSF)を検査した結果、認知症の原因としても知られる「タウタンパク質」の濃度が髄液中で非常に高くなっていました。
以上の結果から研究者は「これらはアルツハイマー病を発症している兆候であり、男性の症状はアルツハイマー病のまれな合併症として現れた可能性が高い」と結論しています。
男性は症状の発症から4年が経過していますが、認知テストのスコアは初診時よりも低下していました。
また医師チームは男性に対してアルツハイマー病の免疫療法を試みましたが、残念ながら改善の兆しは見られていません。
男性は現在も既体験の症状に悩まされていますが、それでも医師の診断を受けながら、一人で自立した生活を続けているとのことです。
男性がいつか新しい一日を迎えられることを祈ります。