クモガタガガンボが凍った脚を切断する様子が観察される
クモガタガガンボ属(Chionea spp)は、蚊を一回り大きくしたような昆虫「ガガンボ」の仲間です。
ガガンボは立派な翅を持っていますが、クモガタガガンボ属ではその翅が無く、蚊というよりはクモのような見た目をしてます。
そしてクモガタガガンボ属の成虫は、冬季の森林などに現れ、雪の上を歩いている様子が観察されます。そのためユキガガンボとも呼ばれる場合があります。
多くの種が高地に生息しており、いくつかの種は標高3400m以上のロッキー山脈でも見つかるようです。
ちなみに日本にも数種が分布しており、北海道などで観測されていますが、研究が不十分なため大部分が謎に包まれています。
クモガタガガンボ属の成虫の寿命は2カ月ほど(自然界での正確な寿命はまだ不明)であり、エサを食べる様子が観察されたことはありません。
成虫になったガガンボの中には、ほとんど何も食べない種も珍しくないため、クモガタガガンボ属の成虫もおそらく摂食しないだろうと考えられています
そしてこのクモガタガガンボ属の成虫は、-10℃という低い気温でも雪や氷の上を歩く姿が観察されており、その中には脚のない個体も度々見つかります。
今回研究チームは、クモガタガガンボ属が足を失う経緯について調査・研究しました。
まずチームは、アメリカやカナダで氷の多い山岳地帯からクモガタガガンボ属の4種(計数十匹)を収集しました。
そのうち約20%は既に脚が失われていたようです。
次にチームは、それぞれの個体を実験室の冷却版の上に置き、温度がゆっくりと低下する時の行動をサーモグラフィカメラで観察しました。
クモガタガガンボたちは、-7℃に達してもまだ歩くことができましたが、脚には氷の結晶が形成され始めました。
この時、いくつかのクモガタガガンボは、「自らの脚を股関節で切り捨てる」という大胆な行動に出ました。
上の画像はその時の様子を示したものです。
サーモグラフィーの画像を見ると一時的にガガンボの体温が上昇しているのがわかります。足はその後に切り離されているようです。
一般的なイメージとは異なるかもしれませんが、凍結という現象は発熱現象です。雪の結晶が特徴的な多角形を形成するのは、凍結時に起きる水滴内の熱の放出と関係しています。
そのためガガンボの足に凍結が生じた際、その放熱によって一時的にガガンボの体温が上昇しているのです。
そしてこの刺激に反応してガガンボは足を切断しているように見えます。
ガガンボは関節などの弱い部分を筋肉の働きで旋回させることで自由に切り離せるのだといいます。
研究者はこれが凍結によって「進行する寒さから内臓を守るためだろう」と話しており、彼らの自己切断を「恐ろしい最期の手段だ」と表現しています。
そしてこの切断行動は、氷の結晶による脚のすくみが始まった個体の31%で行われました。
この結果は、これまで発見された自然のクモガタガガンボの20%近くが足の切断された状態で見つかっているという事実と一致します。
また中には、6本ある足の内、5本もの脚を取り除いてしまう個体もいたようです。
「命を守るために自らの脚を切断する」行動は、ガガンボや他の昆虫で、捕食者に脚をつかまれた時にたびたび観察されます。
通常のガガンボは足を引っ張られると自己切断の判断を下しますが、タットヒル氏によるとクモガタガガンボは引っ張られても足の切断は起きなかったといい、寒さのみに反応して自己切断を行うようです。
クモガタガガンボのように、寒い環境で凍死しないための切断が観察されたのはこれが初めてのことであり、研究者たちは「ユニークかつ極端な適応だ」と驚きと称賛のコメントを述べています。
クモガタガガンボ属が、脚に氷の結晶が形成される際のエネルギー放出を感じ取って脚切断の判断を下しているというのは、現在の研究チームの推測であり、彼らは今後はこの仮説を検証していく予定だと話します。
下は研究者自身が今回の研究について解説しているTweetです。
The remarkable and elusive snow fly, Chionea, is one of the only insects that lives and moves on snow. How do they do this? To find out, we measured snow fly behavior with thermal imaging in the lab. What we found knocked our socks off!
A🧵on our preprint: https://t.co/mT8gqhqZpp pic.twitter.com/dUiz571vJ5— John Tuthill (@casa_tuthill) June 1, 2023