円形脱毛症は自己免疫疾患の一種だった
不幸中の幸いとして、脱毛が全身に及んだとしても、健康上の問題は発生せず、命に影響を与えるような事態になることはほとんどありません。
ただ全身の毛の喪失は容貌に大きな影響を与え、心理的な問題に及ぶことがあります。
また近年に至るまで円形脱毛症に対して有効な治療薬は存在していませんでした。
開発が遅れた理由は、円形脱毛症の本質が厄介な「自己免疫疾患」にあったからです。
自己免疫疾患は体の免疫システムが誤って自分の体を攻撃してしまう症状で、関節が攻撃対象になれば関節リュウマチ、大腸が攻撃対象になれば潰瘍性大腸炎が起こります。
円形脱毛症の場合、免疫システムの攻撃対象となるのは毛が作られる「毛包」です。
似た言葉では「毛根」のほうが有名ですが、毛包は毛根を皮膚の中で包んでいる部分となっています。
この毛包が免疫システムから攻撃を受けると、組織の萎縮を起こして毛を作り続けるのが困難になってしまいます。
そのため円形脱毛症を直接的に治療するには、免疫システムの暴走を食い止める必要があります。
リトフロではそのために2つの酵素(ヤヌスキナーゼとTECファミリーチロシンキナーゼ)の働きを邪魔する成分(キナーゼ阻害薬)を含んでいます。
この2つの酵素の働きが邪魔されると、免疫細胞「T細胞」の暴走による「過剰な炎症」や「過剰な細胞殺し」が中断され、毛包が攻撃されるのを防ぐことができます。
つまりリトフロは正常な免疫システムの働きを維持しつつ、免疫の毛包に対する暴走を抑えてくれる免疫抑制剤としての側面を持っていると言えるでしょう。
リトフロに先行する形で承認され似たような機能を持つオルミエントには、新型コロナウイルスが原因で起こる免疫の暴走で肺が傷つくのを防止するために有効であったことが知られています。
リトフロもオルミエントも本質が免疫機能の抑制であるため、大量に接種すると体の免疫力が低下し、重篤な感染症にかかりやすくなってしまいます。
しかし適量を飲むことで免疫による毛包への攻撃を食い止め、円形脱毛症を治療することができるのです。
重度円形脱毛症の718人を対象とした臨床試験では、リトフロを6カ月にわたり飲み続けた患者たちのうち26%が、頭髪の80%が戻ってきたことがわかりました。
一方でプラセボだけを6カ月飲み続けた患者たちのうち、同様の回復がみられたのは1.6%のみでした。
この結果は、リトフロがプラセボより圧倒的に優れていることを示しています。
(※プラセボで回復した1.6%の患者については詳しいことは不明です。ただ円形脱毛症が全頭に及んだ女性では、無治療にもかかわらず短期間で自然治癒する特殊なケースも知られています)
ファイザー社は現在、欧州医薬品庁(EMA)などの承認作業を進めているとのこと。
円形脱毛症の治療薬の出現は、自己免疫疾患に対して人類の医学が一定の成功を収めていることを示しています。
もしかしたら未来の世界ではリュウマチのような自己免疫疾患の多くは、市販薬で治療できるようになっているかもしれませんね。