2日間持ち歩いた後、わが子を食べ始めてしまう
事が起こったのは2020年8月、チェコにあるドヴール・クラーロヴェー・サファリパーク(Dvůr Králové safari park)でのことでした。
マンドリル属の一種であるドリルのメス「クマシ(Kumasi)」が同月24日、動物園内でオスの子を出産しました。
飼育員も子供は元気に生まれたと思っていましたが、その8日後に突如として死んでしまいます。
死因の特定のために飼育員たちが亡骸を運び出そうとしましたが、母親のクマシは子供を渡そうとせず、囲いの中を逃げまわりました。
それから2日間にわたり、クマシはわが子を片時も離さずに持ち歩くようになります。

飼育員は「おそらく子供が死んだことを受け入れられなかったのでしょう」と指摘します。
それを示すように、クマシは子供の顔を自らに引き寄せて食い入るように目線を送り続けました。
クマシの行動を研究したピサ大学の霊長類学者エリザベッタ・パラギ(Elisabetta Palagi)氏によると「サルの母親はよく、目の動きを感知するために死んだ子供の顔をのぞき込む」といいます。
というのも、子供から何らかのフィードバックがあれば生きていることが分かるからです。
またクマシは子供の体をつねったり毛繕いをして、反応が返ってこないか確かめていました。
他の仲間が近寄ってきても子供を手放すことは決してなかったようです。

ところが2日目が終わる頃に異変が起きました。
クマシは子供から何の反応も返ってこないことに落ち着きを失くし、わが子を乱暴に引きずったり、木の上から投げ落とすようになります。

そして子供が死んだことを認めたのか、クマシはわが子の亡骸を食べ始めたのです。
結局、飼育員が亡骸を運び出すまでに全身のほとんどを口にしたといいます。
他の仲間はそれを見守るだけで、子供を食べることはありませんでした。
これまでに母ザルが子供の亡骸を食べた事例が何回記録されたかは不明ですが、極めて稀なことに違いありません。
パラギ氏も「科学的な文献では逸話レベルの報告しか見たことがなく、今回の共食いケースはこれまでで最も詳細に報告された記録になりました」と話します。
では、なぜクマシはわが子を食べてしまったのでしょうか?
※ 次ページでは、実際の共食い映像を掲載しています。閲覧には注意してください。