「手の匂い」だけで男女が識別できるように
研究を主導した同大のグローバル法医学・司法センター(GFJC)のケネス・ファートン(Kenneth Furton)氏は「私たちの研究は常に法医学を前進させることに重きを置いている」と話します。
GFJCはアメリカで最も古い法医学研究プログラムの一つとして有名です。
ファートン氏らは今回の研究でも「あらゆる接触は痕跡を残す」という法医学の基本原則に依拠しました。
犯人が何かに触れると、DNAや指紋を含めて必ず何らかの痕跡が残ります。
他にも皮膚から出る油性の分泌物も情報源の一つです。
それから人間の手は、いわゆる「揮発性有機化合物(VOC)」からなる独特の化学的プロファイルを含む匂いを放ちます。
VOCは常温常圧で大気中に容易に揮発するため、犯人が触れた物に拡散・付着しやすいのです。
ファートン氏は「強盗、暴行、強姦などの犯罪は基本的に手を使って実行され、その結果として、犯人が触れた物体に微量の揮発成分が残るため、法医学捜査の重要な手がかりとなる」と説明します。
そこで研究チームは、犯人特定のファーストステップともなる「男女の識別」が手の匂いだけで可能かどうかを調べることにしました。
実験では成人男女60人のボランティアに協力してもらい、滅菌ガーゼを使って手の匂い成分を採取します。
今回の研究では、濃厚な匂い成分が採取しやすい汗ばんだ手などは対象としていません。
その代わりに、ボランティアが最後に手を洗ってから1時間以上経過した清潔な手のひらをガーゼで拭き取っています。
そして揮発しやすい化学物質の質量分析に用いる「ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography:GC)」を使って、採取した手の匂いのVOCを分析。
次いで、AIの機械学習モデルを用いてVOCの特徴をスクリーニングした結果、なんと96.67%の精度でボランティアの性別を見分けることに成功したのです。
匂い分析は性別だけでなく「年齢や人種」まで特定できる?
これまでのところ、犯人の匂いを使った捜査は探知犬に頼ることが主流でした。
しかし今回の成功を受けて、研究室内での匂い分析が捜査の新たなツールとなることが期待されています。
こうした分析方法は、特に他の生物学的なサンプルが不足している現場において性別を断定するのに有効となるでしょう。
同チームのシャントレル・フレイジャー(Chantrell Frazier)氏は「例えば、物理的なDNA断片や指紋などが見つからなくても、揮発した匂い成分さえ採取できれば、法医学捜査の手がかりにできる」と話します。
確かに最近の犯罪者は「唾液や髪の毛が落ちていないか」とか「指紋を拭き忘れていないか」などすでに心得ているはずです。
ただ目に見えない匂い成分を撒き散らしていることには、さすがに気づいていないでしょう。
しかもその痕跡を完全に消すには、自分が触ったり歩いた場所をすべて拭き取らなければなりません。
加えて、ヒトの匂いに関する既存の研究によれば、匂い成分の分析から人物の年齢や人種まで特定することも不可能ではないと考えられています。
つまり、今回のアプローチの更なる改良を進めることで、将来的には匂い成分だけをヒントに性別や年齢、人種まで明らかにし、より輪郭のはっきりとした犯人像を浮かび上がらせることが可能になるかもしれません。
科学の進歩により、犯罪者の逃げ場はどんどん無くなっていきます。