なぜシャチはネズミイルカに嫌がらせをするのか?
この調査から、シャチの行動には3つの理由が推測されています。
- 社会的な遊び:シャチがイルカに対して行う嫌がらせは、彼らの社会的な遊びの一つの形態である可能性があります。知的に高度な動物が他の仲間と関わり合いながら遊ぶことで、絆を深めたり、コミュニケーションをとったりするのと同じように、シャチも遊ぶことで集団内の絆や協力を強化しているのかもしれません。
- 狩りの練習:イルカを追いかける行動は、シャチが狩りの技術を磨くための練習として行っている可能性があります。彼らは実際にはイルカを食べるつもりはなくても、動く標的としての練習の一環としてイルカを追っているのかもしれません。
- エピメトリック(介護)行動:嫌がらせは、実は病気の仲間などを助ける行動と関連している可能性があります。シャチは病気で弱った仲間などを手助けしながら長距離を泳ぐ様子が確認されており、メスのシャチが亡くなった子供を1600kmに渡って運ぶ様子も目撃されたことがあります。この行動は、ネズミイルカに対して見られる、口にくわえる、乗せてバランスを取りながら運ぶという行動と類似するため、関連している可能性が考えられます。
このように、シャチがネズミイルカをいじめる理由には、シャチが通常行うなんらかの行動との関連が考えられています。
さらに、今回の調査から、ミナミシャチは栄養不足により、妊娠したシャチの約70%が流産してしまったり、生まれてすぐに亡くなってしまうという悲しい事実も判明しました。
クジラ類はしばしば、性的な遊びを目的に多種の生物を弄ぶことが報告されているため、その関連も考慮されましたが、今回の問題ではオスとメスの関与の比率、大人と子供の関与の比率に差が見られなかったため除外されています。
また、シャチとネズミイルカで同じ海域で餌が競合しているという事実もないため、競争による嫌がらせの可能性もないと考えられます。
ジャイルズ氏ら研究チームは、ミナミシャチがネズミイルカに対し、なぜ嫌がらせを行うのか、その全ての理由を知ることは難しいかもしれないと語っています。
しかし、一つ確かなことは、ネズミイルカはミナミシャチの食事の中には入っていないということです。
そのため、研究者たちは今回のシャチの行動を、仲間内で流行し伝播される一種の「文化」の可能性があると見ています。
テマン氏は「シャチは非常に知的で、複雑な動物です。私たちは、彼らが世代から世代へと特定の行動を伝えていることに気づきました。これはシャチの文化を見るうえで非常に興味深いものです」と説明しています。
シャチのこうした仲間内で流行する行動は、他にもサケの死骸を帽子のように頭に乗せて泳ぐ行為や、船に体当りする行為などで報告されています。
結局、ミナミシャチがなぜネズミイルカに対し、嫌がらせのような行動を取るのか、現時点でははっきりとした理由はわかりませんでした。
しかし、60年以上も昔から報告されているこの行動もまた、ミナミシャチが先祖から受け継いできた「文化」の可能性があるようです。
少しかわいそうな気もするネズミイルカですが、それもまた自然の厳しさなのかもしれません。